報道陣達もまさか殺す気があるとは思わなかったようですが、二人は本当に実行に移します。男たちは通路に面した玄関横のアルミサッシの窓ガラスを割って自宅に侵入します。そして衝撃的で凄惨な事件が起こりました。
テレビの生中継中に行われた犯行
二人は自宅に籠っていた永野に襲い掛かり、「お前は死刑や」と叫んで刃渡り40㎝ほどの銃剣で頭部など全身13箇所を切りつけました。その様子は全て生中継されました。争う物音や怒号が放送され、アナウンサーがその際、「これは決して子供には見せないように」と叫ぶ場面に驚愕しました。
その後血まみれ姿の二人が出てきて何やら記者に話す様子や、全身を刺された永野一男が運び出される姿も映し出され、茶の間に衝撃を与えました。永野は病院に運ばれるも出血多量で死亡しました。又、犯人たちは通報で駆け付けた警察により現行犯逮捕となりました。
なぜ警察は動かなかったのか
実は犯行の前日に警察は永野の自宅マンションを捜索しており、永野の在宅は世間に知れてました。既に豊田商事と永野に対する世間の非難も極に達してましたから、突発的な事態も予測できたはずで、この段階で建物の入り口を警察官が警備していれば、犯行は防げたはずでした。
あるいは、警察が一歩早く強制捜査で永野の逮捕に踏み切っていれば防げた筈です。しかし詐欺で立件するには、証拠不十分ということで躊躇しました。当時は、大型の経済犯罪に警察も慣れておらず、このような巨額の詐欺はあり得ないという認識が警察にあったろうことは十分予想されます。
永野一男刺殺事件の判決
ここからは、刺殺事件の犯人への判決結果とその後の犯人の足取りを追います。
10年と8年の実刑判決に軽すぎるという声も
永野を刺殺した二人の犯人は、飯田と矢野と言いますが、それぞれ10年前後の懲役実刑判決が下されました。「軽すぎる。詐欺事件を隠れ蓑にした判決だ」と世間の議論を呼びました。しかも最後まで明確な殺害動機は分からないことに加え、二人の「マスコミに煽られた」との供述も後押ししたと言われています。
二人の犯人は現在出所している
懲役に服していた二人は、既に刑期を終え出所しています。飯田の方は、近畿地方で妻と共に暮らしていると言われています。また、矢野の方は大阪市内で雀荘を経営し、結婚して子供も生し、その後広島に引っ越したと言われています。
飯田は詐欺被害者の直接関係者であったため、又、矢野は飯田への義理から犯行に加担したとされています。しかしながら、いまだ殺害動機ははっきりしないままであり、矢野は今でも殺害を否認していると言われています。
刺殺事件のその後
一方、会社に対する処置はどうなったか、あるいは多くの詐欺被害者の救済はどのように行われたかについて少しお話したいと思います。
破産宣告
刺殺事件から半月後に、担当弁護士からの申し立てにより、破産が宣告されました。結局わずかな現金だけが残っただけでした。
破産時、売り上げの半分は従業員への給与支払いに充てられ、残りは永野個人や会社としての事業損失によりほとんど消えていました。しかし中坊公平らの管財人により、損失金が回収されることになります。
救済
管財人チームは徹底的に資金回収を行い、豊田商事グループの賃貸先からの家賃や敷金に加え、納めた税金まで回収し、その総額は100億円を越えたと言われます。一方、一部の暴力団や金融機関は、管財人が回収した金を横取りしたり、建物占有行為等、妨害行為も多々発生しました。
その後、金などの預託取引契約に対して、一定期間内であれば理由の如何を問わず契約を解除できる「ク-リングオフ制度」が導入されることになります。
叔父の家に飾られていたのは新聞の遺体写真
事件の数日後に、遺品を引き取った叔父の家を訪ねた人の話によれば、床の間には新聞掲載の遺体写真が飾られていたそうです。「大人になってからの永野の写真がない」と言う理由を聞くと哀れな感じもあります。
永野が以前暮らしていた家を訪ね、聞き込みを行った際にも、誰も彼のことを憶えていなかったことや、中学時代の担任教師ですら彼を覚えていなかったことは、不思議なくらいの存在感のなさを感じさせるものでした。
前代未聞の史上最大級詐欺事件が現代に残したもの
今から34年前に起きた、取材中のテレビカメラで殺害の一部始終が報道されるという前代未聞の凄惨な結末をむかえ、且、被害者数約2万7000人、被害総額は約2,000億円というこの史上最悪の巨額詐欺事件をもう一度振り返り、現代に残したものを考えてみたいと思います。
尚、このほかの世間を驚愕させた昭和の大事件に興味のある方はこちらもご覧ください。
現代詐欺商法にも通じる巧妙なやり口
豊田商事は最盛期に従業員7500人、全国に約60店舗を擁し、現物まがいの商法でお金をだましとる詐欺会社だった。この巨大詐欺グループの実態を調べていくと、例えば、異常に高揚した雰囲気の中で大声で叫ぶ社員や、「絶対に契約できるコツを教授する」と熱弁をふるう社員の姿が浮かび上がり、ウソと巧妙な話術を駆使する社員教育用のビデオの存在も明らかになったのです。
「クーリング・オフ制度」誕生のきっかけ
この詐欺商法は社会的にも大問題となり、専用の相談窓口が設置されるほどでしたが、この詐欺事件が、新たに消費者保護を目的とした制度を生み出すことになります。いわゆる「クーリング・オフ制度」である。ご存知のように、「契約時点から一定の期間内であれば、消費者が契約を解除できる」ことが可能となり、一般消費者の間に浸透していくきっかけとなりました。
これまでは法律がなく、一度契約を結ばされると、トラブルが起きても基本的には泣き寝入りということでしたが、この後は、結んだ契約が気に入らないとか嫌になったという理由でも契約を解除できるようになりました。この点は、豊田商事詐欺商法事件が生んだ唯一の賜物と言えるでしょう。
ク-リング・オフとは?
消費者が、不意の訪問販売業者等との間でうっかり購入契約を結んだとしても、その後冷静に考え直す期間を与え、一定期間内なら理由の如何によらず、契約を解除できるという制度です。この一定期間とは、通常、8日~20日間となります。
但しすべての契約がク-リング・オフの対象となるわけではないので注意が必要です。例えば、営業店舗に出向いて商品を買った場合や通信販売で自ら申し込んで商品を買った場合などは、消費者保護の必要がないとみなされクーリングオフができないことになっています。
益々進化増大する現代詐欺商法への警鐘に
豊田商事詐欺事件から34年経った現在でも詐欺事件はなくなっていません。それどころか、「オレオレ詐欺」など増加傾向にあります。やり口も益々グロ-バル化し、教育マニュアルや組織体制も巧妙さを増しています。
進化する詐欺の手口と騙されぬ心得
悪徳商法や詐欺手口は時代と共に日々進化しています。「オレオレ詐欺」がこれほどニュ-スで騒がれても一向に被害件数が減る気配はありません。又、電子メ-ルで覚えのない請求書が送られてきたり、心当たりのないWebサイトの利用料を請求されたりとネット関連詐欺被害が増加しているのが現代の特徴です。
このような世の中で、自分のことは自分で守るしかありませんが、注意すべき一つ目は「お金の問題で絶対に儲かるという話はない」と疑ってかかること。二つ目は「変だと思ったり不安を感じたらすぐ家族や友人あるいは専門家に相談してみる」ことです。今一度「豊田商事詐欺事件」の教訓を思い起こしてみることも無駄ではないでしょう。