女郎蜘蛛はどんな妖怪?
恋人である男性に捨てられて山に入った女性が蜘蛛に姿を変えたとされている日本古来より伝わる妖怪です。美しい女性に化ける事から女郎蜘蛛と呼ばれています。
絡新婦と書いて区別する
絡新婦は漢名を当てた熟字訓で、明確に妖怪として紹介するにはこちらですが、本稿ではわかりやすく女郎蜘蛛で統一していきます。
女性に化ける
400歳を超えた蜘蛛がいつしか妖力を持ち、人間の女性に化けるとされています。美女に化ける場合が多いほか、時に子供や高齢の女性に化けることもあると言われています。
人間が女郎蜘蛛になる場合もある
後にご紹介する伝承にもあるように女郎蜘蛛の中には不幸な女性が蜘蛛に姿を変えたものもいます。生前男性に深い恨みを持ったまま亡くなった女性の変わり果てた姿として描かれるケースも多く見られます。
妖怪女郎蜘蛛が登場する文献
江戸時代には武士や町民の間で様々なサブカルチャーが流行しましたが、そんな風潮の中、オカルトブームも起こっていました。夜ごと集まり怪談話に花を咲かせていた江戸の人々に人気を集めていた怪談集「大平百物語」や妖怪画集「画図百鬼夜行」にも女郎蜘蛛の姿が描かれています。
「画図百鬼夜行」
江戸時代の有名浮世絵師「鳥山石燕」による妖怪画集。こちらの画集に収められている女郎蜘蛛は6本の触手で子蜘蛛を操り、その子蜘蛛の口からは炎が吹き出されている様子をおどろおどろしく描いています。
「大平百物語」
夏の夕刻、自宅の縁側でうたた寝をしている男性の元へ高齢の女性が尋ねて来ました。その女性は自分の娘が男性に一目惚れしてしまったので娘に会って欲しいと男性を自宅に招きます。娘は16才ほどの美人で男性に会うなり求婚しましたが男性は既婚者であった為断ります。
すると娘は「一昨日私の母は貴方に殺されかけた」と泣き出します。困ってしまった男性は気づくと自宅の縁側で目を覚まします。辺りを見回すと軒を覆うほどの蜘蛛の巣が張られていました。
「宿直草」
旅の途中、ある武士は古いお宮で夜を明かす事にしました。丑三つ時になり、ふと気づくとお宮へと歩いてくる若い女性と子供が見えます。その女性は子供に向かって「そこに居るのが貴方の父です、行って抱き上げてもらいなさい」と言います。
武士はすぐさまその親子が妖怪であると気付き母親の方を刀で切りつけます。女性は悲鳴を上げお宮の天井裏へ逃げ込み武士がその場へ行き確認すると、天井裏には大怪我を負った大蜘蛛と何人もの死体が転がっていました。
女郎蜘蛛の伝承①
滝に住む女郎蜘蛛の話は全国的に有名で各地に広く伝わっています。そんな中でも特に有名なエピソードが静岡県の伊豆にある浄蓮の滝に纏わるこちらの伝承です。
静岡県伊豆の伝承
ある木こりの男が滝のそばで大木を切っていると、足に蜘蛛の糸が絡まっている事に気がつきました。男はその糸を切り株に巻き付け、作業に戻ろうとすると突然けたたましい音が響き、切り株が滝壺の中へ吸い込まれていきました。以来、村の人々は浄蓮の滝を恐れ近づく者はありませんでしたが、ある日よそ者の木こりの男が滝を訪れ大木に斧を振り下ろそうとした際に誤って斧を滝に落としてしまいました。すると滝壺から美しい女性が現れ斧を返してくれました。女性は男に「決してこの事は話してはならない」と言いましたが酒の席で口が滑った男はつい人に話してしまいます。すると男は数日もしない内にぽっくりと亡くなってしまいました。
女郎蜘蛛の伝承②
こちらは徳島県に古くから伝わる女郎蜘蛛に関する伝承です。浄蓮の滝の伝説と同じく、日本昔話としても全国的に知られている話です。
徳島県の伝承
ある村に住む庄屋の男は一人息子の結婚が決まった事に大変喜んでいました。結婚式を間近に控えたある日、盲目の少女が庄屋の家を訪れ、道に迷ったので一晩だけ泊めてほしいと頼みました。哀れに思った男は少女を泊め、翌日少女は礼を告げ出ていきました。
それ以降息子の顔色が日に日に悪くなり男が理由を訪ねると、毎晩美しい女が優しい表情で自分を見つめている夢を見ると答えました。深夜になり息子の寝ている様子を隠れて伺うと、以前泊めた少女が息子の部屋へ入っていくところを目撃します。翌日、腕に覚えのある村の男衆を集め、例の少女を待ち伏せていると昨夜同様、少女が現れ息子の体に覆いかぶさったかと思うとと巨大な蜘蛛の姿に変化しました。
徳島県の伝承 その後
蜘蛛の姿になった少女は息子の生き血を吸い出そうとします。驚いた男たちが一斉に矢を放つと女郎蜘蛛は悲鳴をあげヨタヨタと逃げ出そうとします。とどめを刺そうと男たちが女郎蜘蛛に近づくと息子が起き上がり、殺すのはだけは勘弁してやって欲しいと懇願します。その声を聞いた女郎蜘蛛は息子の方を一度振り返ると、悲しげな様子を浮かべながらゆっくりと山へ帰っていきました。
その村には大昔からある言い伝えがあり、村に住んでいた一組の男女が結婚を控えていたある日、男が他の女へ気移りし、婚約が破断になりました。残された女性は山へ入り、男への恨みや悲しみから蜘蛛の姿をした妖怪に化けてしまった。以来結婚を控えた男の元へ女郎蜘蛛が現れるようになったというお話です。
女郎蜘蛛の伝承③
こちらは宮城県仙台市に伝わる賢淵にまつわる女郎蜘蛛の話です。伊豆の伝説と同様に全国的に広く流布している有名なエピソードの一つです。
宮城県仙台の伝承
町はずれの淵で釣りに勤しんでいた男性は、ふと自分の足首に蜘蛛の糸が巻き付いている事に気がつきます。糸を邪魔に思った男性は側にあった柳の木に糸を括り付けました。その後も同じように気づくと足首に糸が絡まっており、その度に柳に糸を括り付けていると、突然地面が盛り上がり柳の気が淵に吸い込まれていきました。驚いた男性が啞然としていると淵の底から「賢い賢い」という声が響き渡り男性は一目散に淵から逃げ出しました。
この淵には蜘蛛の神様が居り淵に近づく男性を引きずり込んでしまうという謂れがあり、この男性の機転の利いた行動により命が助かった事から、後に賢淵と呼ばれるようになりました。
蜘蛛から妖怪へ
女郎蜘蛛と同じく、人が死後に蜘蛛の体を模した姿へと変化してしまった妖怪や、人を襲う蜘蛛のような妖怪が存在します。百怪図巻や妖怪絵巻にて確認されている日本古来の蜘蛛の妖怪をご紹介します。