こちらは紀伊国の道成寺というお寺での物語です。ある日女人禁制で釣鐘の供養が行われることになりましたが、ひとりの白拍子と呼ばれる遊女が紛れ込み、舞いながら釣鐘の下に入ったところ鐘が落ち、中に入ってしまいます。
祈祷によって釣鐘を持ち上げたところ、中から蛇に変化した白拍子が出てきて暴れ回ります。実は寺の山伏に見捨てられたと思い込んだ女性が蛇に変化し、鐘の中に隠れた山伏を焼き殺したという逸話があったのです。白拍子が変化した蛇は僧侶たちの祈祷によって自らの身を焼いて川に飛び込んで消えます。
黒塚
修行の旅をしていた修験者一行が、安達原という人里離れた山里で日が暮れてしまいました。近くには1軒だけ家がありたずねたところ、女が1人で住んでいました。一行は宿を頼んだものの一度は断られましたが、なんとか頼み込み泊めてもらうことになりました。
夜が更けてくると、寒さをしのぐため薪を取りに行くのでその間寝室をのぞかないようにと告げて女は外出します。しかし一行のうちの1人が寝室をのぞいてしまうと、そこにはたくさんの死骸がありました。女は鬼だったのです。秘密を知られた怒りから女は鬼に変身して襲ってきますが、最後には修験者の祈りに負けて消えてしまいます。
般若の面を飾るのはなぜ?
地方によってはなんと般若の面を飾る風習があるところがあります。有名なのは島根県の西部、石見(いわみ)地方で、そこでは多くの家や、幼稚園などにも飾ってあるといいます。見た目にも恐ろしいですがなぜあえて飾るのでしょうか。
邪気を払う般若の面を玄関に飾る
般若の面を飾るのは邪気を払うため、つまり魔除け・厄除けの意味があります。その恐ろしい顔によって悪いものが家に入ってこないようにという願いが込められており、そのために玄関に飾られることが多いです。新築祝いに般若の面を贈るという風習もあり、お土産屋さんで買うこともできます。
その他の厄除けの方法についてはこちら。
島根県石見地方の風習
島根県石見地方で般若の面を飾る風習があるのは、その地方の伝統芸能である石見神楽が関係しています。石見神楽は元々は神に収穫を感謝して神社の奉納される神事でしたが、徐々に大衆芸能として一般の人々にも楽しまれ、現在でも人々の生活に溶け込んでいます。
ストーリーは勧善懲悪ものが多く、わかりやすい話ばかりです。そこで悪役や鬼として般若の面が使われ、子どもたちにも人気があり、親しまれています。観光客向けのステージもあるので、一度見に行ってみるのもおもしろいでしょう。
般若の面と御霊信仰
般若の面を飾ることには御霊信仰(ごりょうしんこう)とも関わりがあると考えられます。これは八百万の神を信仰する日本の神道における特徴的な信仰です。詳しく見てみましょう。
御霊信仰とは
日本では、ある人が別の人に対して非常に強い恨みや怒りなどを持つと、その念が怨霊となって祟りや災いを起こすと考えられています。そこで、その霊を御霊と呼んで、神として崇めて慰めることによって逆に災厄から守ってもらうというのが御霊信仰です。
般若の面は特定の人ではありませんが、恨みや怒りが極限に達した女性の姿です。そのため、現在では飾るだけかもしれませんが、元々はそれを信仰することで災いを防ぎ平穏に暮らせるように願ったとも考えられます。
天神さまは御霊信仰!
皆さんの家の近くにも学問の神様として有名な天満宮や天神さまと呼ばれている神社があると思いますが、それも御霊信仰だと知っていましたか?そこに祀られている菅原道真は、天皇の忠臣でしたが、政略によって太宰府に流罪となり、そこで没しました。その後天変地異などが相次いだため神として崇められるようになったのです。
般若の面の作り方を見てみよう
面を作ることを「面打ち」といい、能で使われる般若の面は一般的に木を彫って作られます。ただ、石見神楽で使われる面は、お札にも使われる「こうぞ」という植物から作った紙を貼り重ねて作ったものを使用している場合が多いようです。ここでは木で作る般若の面の工程をご紹介します。
般若の面はこのようにして作られる
最初はただのブロック状の四角い木から彫り始めます。荒く削った後にどんどん細かく般若の表情を彫っていって地を作ります。職人によってひとつの木から角も一緒に彫る場合と、角は別で作る場合があるようです。次に裏側の処理をした後、まず胡粉という貝殻から作った白い塗料を数回塗り重ね下地を作ったら、色の入った塗料で肌の色を作ります。
目と歯の部分は金属でパーツを作って接着し、髪の毛や眉を描いたり口の中や肌の色をより自然に彩色したりして、完成です。彩色は一言でいうと簡単ですが、塗っては乾かして磨き、傷やスレをわざとつけてみたりツヤや汚しをつけて陰影を出したりと時間と手間をかけて質感や雰囲気を出していきます。
般若の面の作り方解説本『般若面を打つ』
実は般若の面の作り方を解説した本があります。2013年に出版された『般若面を打つ』という本で、実際の能面師をしている人がその手順を紹介しています。生成や真蛇も合わせて原寸大の型紙や寸法も収録されていて、初心者にもわかりやすくなっています。
般若の面は買うこともできる
ここまでで魔除けのために自分の家にも般若の面を飾りたい、海外の人にお土産として贈りたいなどと思った人はいませんか?般若の面は購入することも可能です。その方法や価格などを見ていきましょう。
般若の面はネットショッピングが一般的
般若の面を購入する場合は、最も手軽で一般的なのはネットショッピングです。能面の制作や販売を行っている会社や、Amazonや楽天などのショッピングサイトで購入することができます。また、先述の島根県石見地方の土産物店や和風グッズを多く取り揃えるお店などでは店頭購入もできる可能性があるので探してみましょう。
般若の面の値段はどれくらい?
般若の面の値段はその材質によって大きく幅があります。主にパーティや仮装などで使用するプラスチックや樹脂製のものは数百円~1000円程度です。また、主に鑑賞目的のものは陶器や金属製が多く、数千円~1万円ほどの価格で販売されています。そしてプロの能楽師も使用するような面は木製で、数万円~10万円弱という価格になります。
恐ろしい鬼女の般若の面!本来の意味は恐ろしさとは関係無い
「般若」とは仏教の智慧を意味し、恐ろしい鬼女の能面である般若の面とはあまり意味の上では関係がありませんでした。しかし般若という言葉の本来の意味を知り、人を愛しすぎて感情が爆発して鬼に変わった姿だと思って見ると、怒りや悲しみを帯びて深い思いを感じ取ることができる面ですね。
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