日本の千円札の肖像にもなった有名な文豪である夏目漱石は、「坊っちゃん」や「吾輩は猫である」など数々の名作を残し、学校の教科書によく取り上げられている作品を数多く書きました。画像からもわかる通りとても穏やかそうで紳士的な男性に見えます。しかし、ルックスやイメージとは違い、癇癪持ちとしてもとても有名な人物でもありました。
芥川龍之介が語ったエピソード
銭湯に行ったとき、隣で激しくお湯を浴びているとても屈強な男性がいました。そのお湯が、漱石の顔にかかってしまいました。その時、後先は考えず「バカヤロウ!」っと、叫んでしまいました。幸いその時、怒鳴られた男性は謝罪してその場は収まりました。しかし、漱石自身も叫んでしまった後に、内心は落ち着かなかったそうです。
自分の娘に対して
ある日、漱石の書斎に自身の娘を呼び出しました。そして、床に正座をさせて恐ろしい形相で睨みました。彼女は恐ろしさのあまり、泣いてしまいました。すると、漱石は怒りに任せて娘をぶってしまいました。時代というものもあるのかもしれませんが、現代の社会からすると、なおさらとても常軌を逸した行動に写ってしまいます。
イヴァン雷帝
とても怒りやすい人物としても有名な16世紀のロシアの皇帝でした。苛烈な専制的な支配を行ったことや、残虐な行いから雷帝と呼ばれていたと言われますが、真相はどうなのでしょうか。彼は、歴史の資料からも癇癪持ちのような行動を行っていたことでも有名です。その呼び名のように激しい性格をしていた人物です。
雷帝の異名は
確かに癇癪持ちであったとは言われていますが、実はロシア語では雷帝のことをGroznyiと言うのですが、実はこの言葉から受ける印象は必ずしも悪い意味ではありません。なので恐ろしさを表す単語でもありますが、どちらかというと、さまざまな勢力を制圧していった力強さからそう呼ばれていると言われています。
怒りに任せて息子を殺してしまった?
息子の嫁にあたる人物の服装が気にいらなくて、嫁を叩きました。その結果、嫁は流産してしまいそれに怒った息子は父イヴァンに抗議にいきました。しかし、イヴァンは狂ったように怒り息子を何度もこん棒で叩きました。最終的には息子は死んでしまったと言われています。この話を聞く限り、イヴァンの性格は狂気に満ちた癇癪持ちとも言えます。
真相は
息子はそもそも病気で亡くなったという説もあります。また、当時のロシアでは息子を折檻するのは特別変わったことでもなく、通常の習慣だったとも言われてます。そして、その時不幸にも打ちどころが悪く息子が死んでしまったという説もあります。息子殺しは、雷帝の性格を強調するための作り話なのか真相は定かではありません。
人をまとめ上げる人物について
芸術分野などの人物を除いて、政治や軍事に関わる大人物の中で癇癪持ちは少ないのではないでしょうか。なぜなら後先考えず怒るような人物に人々をまとめるのは難しく、バランスを測ってない恐怖での統治は長続きしない可能性が高いです。仮に短気として有名な人物だとしても、見せしめのパフォーマンスとして意図的に行ってる可能性も高いです。
癇癪持ちの他の言語での捉え方
果たして他の言語では、癇癪持ちはどのような表現で使われているでしょうか。また、英語の場合は、状況によって癇癪を起すという意味に近い言葉を細かく使い分けています。特に、子供に関する癇癪についてはどこの国でも共通の話題とも言えます。とても興味深くもあるので、是非詳細をご覧ください。
英語では
一例ではa short temper.と言い、気が短いに近いような意味もあります。ちなみに、子供が癇癪を起した時などは、meltdownやtantrumsを用います。ただ厳密には、用い方が違いがあるので、具体的な使い方について紹介していきます。
tantrumsとmeltdownの違い
tantrumsについては、そのまま癇癪と日本語では訳す場合が多いです。しかし、meltdownという言葉も子供が癇癪を起す時によく使われます。tantrumsは自分の思い通りになればおさまるのに対して、meltdownは思い通り云々で止まるようなものなどでなく、神経回路がショートしてしまってるような状態を表します。
癇癪が起こっている原因を見極めよう
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