タイヤネックレスは残虐なリンチ処刑!南アフリカで続く衝撃の処刑方法と歴史背景

手りゅう弾による爆破テロ事件に関わった疑い

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自警団は、彼女が爆破テロに関わった、白人側のスパイだとみなしました。そして、周りにいた大勢の人がそれに同調し、公開処刑に参加したのです。後に、スコサナさんは無実であったことがわかりました。

世界に衝撃を与えたタイヤネックレス映像

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テレビで生中継された映像は、すぐに世界中からの注目を集めました。この衝撃的な公開処刑によって、南アフリカの悲惨な現状と、タイヤネックレスという非道な行為が、国外にも知れ渡ることとなったのです。

ネルソン・マンデラの妻ウィニー・マンデラがタイヤネックレスをあおる

非人道的な行為だとして、国際社会や人権団体から非難を受けるタイヤネックレスですが、差別主義と戦うという正義のもとで行われ、武器を持たない民衆の抵抗手段として正当化されていたという側面がありました。その証拠に次のような話が伝えられています。

アフリカ民族会議(ANC)はタイヤネックレスに反対

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ネルソン・マンデラは差別主義反対の立場で運動を起こし、アパルトヘイトを撤廃に追いやった活動家です。その後、アパルトヘイトの無くなった南アフリカで大統領に就任し、ノーベル平和賞なども受賞しました。

彼が率いる政党である「アフリカ民族会議(ANC)」は、タイヤネックレスの刑について、公式に反対の立場をとっていました。しかし一方では、差別主義の体制と戦うための「必要悪」だとして、党員の大多数は黙認の姿勢を取っていたと言われています。

マンデラの妻ウィニー・マンデラ問題のスピーチ

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「私たちは銃を持たない。しかしマッチ箱とガソリンはある。一緒に手を取り合い、マッチ箱とネックレス(タイヤネックレスのこと)でこの国で自由を勝ち取ろう!」

ネルソン・マンデラの妻は、熱狂する支持者の前でこのように演説しました。彼らに味方した国際社会や人権団体を、ともすれば、敵に回してしまうかもしれなかった発言です。

タイヤネックレスは脱アパルトヘイト運動から私的処刑へ

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タイヤネックレスはアパルトヘイトの体制との戦いの中で生まれました。非人道的な見せしめ的処刑方法は、一方で民衆たちの武器としての役割を担ってきた側面があります。しかし、民衆が勝利し、アパルトヘイトが撤廃された後も、南アフリカでは私刑としてのタイヤネックレスが、受け継がれてしまいました。

2015年10代少年5人がタイヤネックレスに

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2015年の事例です。10代の少年5人と30歳の男性が、バーで口論になり、その後少年らは男性を襲撃し、殺害してしまいます。そのことを知った地元住民の何人かが、少年らに対しタイヤネックレスを執行。5人のうち3人が重傷、1人が死亡したとのことです。

2018年2人の強盗犯がタイヤネックレスに

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2018年の事例です。2人組の強盗犯が高齢の女性の家に浸入し、女性を守ろうとした居候の男性を殺害して逃走します。その後、女性宅の近隣住民がこの強盗らの居場所を突き止め、2人をタイヤネックレスの刑に処しました。

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