甲山事件とは?冤罪判決まで20年!無罪判決までの裁判の内容など

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ご家族の方々は、園児たちへの警戒の怠りや子供を失ったことに対する精神的な苦痛を理由に裁判を起こし、勝訴しました。裁判中には、訴えられた側の発言に注目が集まりました。知的障碍者の命に対して軽視してるような差別的な発言をしました。知的障碍者を育てている人間の発言としては問題があると、人権派から非難を受けることになりました。

甲山事件後の事件現場は?

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現在は、学園は閉鎖されました。そして、その場所には病院が建てられています。2011年には、当時の園長はお亡くなりなられました。学園と言えば、ダウンタウンの浜田さんが卒業したところでも知られる、日生学園をご存知でしょうか。とてもスパルタな指導でも知られていた学校です。もし、ご興味ある方は、是非こちらの記事をご覧ください。

甲山事件のマスコミの問題点

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現代社会では、マスメディアの力はとても強力です。テレビや新聞などを通して、疑われていた山田さんはどのように世間に伝えられていたでしょうか。情報が広範囲に広がっていってしまう今の世について、報道の仕方によっては人を危険な状況に陥らされてしまう可能性があります。言葉と言うのは便利なものですが、伝え方一つで凶器にもなります。

甲山事件のマスコミの問題点①「やったのは私に間違いありません。」

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執拗な取り調べに追い込まれて、山田さんは二人を殺したのかと訊かれて、断念して「はい」とだけ答えました。しかし、供述書には、かなりの言葉は加えられて書かれており、一言だけしか言ってなかってにも関わらず、亡くなって人のことを思い反省していることや罪の意識に耐えられなくなって、罪を白状したなど捏造されていました。

その後自殺未遂

罪を認めた後に、希望がまったくなくなった山田さんは、自決を試みました。留置場に拘束されていたのですが、ハイソックスを用いて、自身の首に巻き付けて死のうとしました。しかし、死ぬことはできなかったです。とても無念の中で、決断をくだそうとした彼女の心境は計り知れないものだったと言えます。

甲山事件のマスコミの問題点②山田悦子が犯人と決めつけて報道

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自白をした、次の日には、捜査本部が会見を行いました。マスコミはその知らせを聞くやいなや、次々と彼女の印象を悪くする報道を行いました。父親とうまくいかず、不遇な青春時代を送った、異性との問題でノイローゼになってた、園児にたびたびせっかんを行っていたなど、人々の感情を煽るような残酷な報道を繰り広げました。

嫌疑不十分として釈放されたのに

山田さんは自宅に戻った時に、園の同僚が保管していた数々の手紙を見ました。そこには、厚顔無恥と示唆したり、殺害してやると脅迫めいた文言や人殺しと罵声浴びせるような言葉など、心ない中傷の数々が詰まっていました。人の残酷な群集心理というものなのかもしれません。まるで魔女狩りでこぞって人々が石を投げるような状況のようです。

人々の犯罪者に対する心理

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山田さんに対する報道でもあるように、さまざまな事実とは違う人物像が作り上げられたりすることがあります。これは、いったいどういうことが深層心理に潜んでいるのでしょうか。犯罪を犯したと思われる人をとても素行に問題があるように報道する意図は何なのでしょうか。例えば、人々は犯罪者が素行が悪い人物であってほしいのでしょうか。

犯罪者が悪いほど世間が注目する?

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よく聞く言葉に、「人の不幸は蜜の味」という言葉がありますが、人は他人のポジティブなことよりネガティブなことの方が注目したり、会話をするのが好きという点からも犯罪者が悪い人物であればあるほど、盛り上がってしまう人が少なくないと言えます。なので報道は悪い人物像を作ることによって、人々に集めるのを狙ってやる可能性もあります。

犯罪者にそうあってほしいという心理

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加害者だけでなくて被害者にも言えますが、人は深層心理で事件起こす人や巻き込まれた人も素行に問題がある人物であってほしいという心理が働くこともあります。事件に関わる人が自分と同じ日常的に生きてる人間であってほしくないと思うという心理が働いてる可能性があります。しかし時にはその心理によって危険にさらされる可能性もあります。

特殊な世界の話にしたい

恐ろしい事件が起きた時は、私とは無縁のところで起きたごく限られた人々の話だとすることによって、不安を払拭したいという心理が働きます。時には、必要以上にその人の人格についても、嫌がらせをしたりして非難するような危険な展開になることもあります。誤解のないように言うと、このような心理を全ての人が有しているわけでありません。

時にはその心理が仇になることも

連続殺人犯や凶悪犯の周囲の報道でよくあるもので、そんな人とは思わなかったという話がでてきます。これは強調するためのギャップのための報道の演出でなく、真実である可能性が高いです。なぜなら、シリアルキラーなどが何度も犯罪を重ねることができるのは、この人は普通の人だと思われることの達人であるケースも少ないからです。

事件の当事者たちに対して非難するまえに

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何か事件が起こった時に、自分が安堵するために、加害者もしくは被害者を非難したり、悪い人物に仕立てあげてないか、ひと呼吸ついて自分の心に聞いてみることをおすすめします。冤罪によって苦しんだ山田さんのように、あらぬ話までたてられて、深く心を傷つけることはとても残酷なことだと言えます。できる限りフラットでいるべきです。

甲山事件の警察の問題点

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なぜこのような冤罪が起こってしまったのでしょうか。影響を与えていた要素について考察していきます。何よりも大きかったのは警察の対応にあると言われています。何かを解決するということは時には難しく繊細なものです。しかしだからと言って、人々に対して強引な操作や取り調べをして、二次的に不幸を増やしてしまっては元も子もありません。

甲山事件の警察の問題点①殺人と決めつけて捜査

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実は、当時障害者の施設には、死亡事故が多発していました。そして、原因については不明な点が多いケースが多く、殺人事件と言うより事故という扱いで処理されていることが少なくありませんでした。しかし、甲山の件では同じ浄化槽で二人も連続で亡くなったとうい点から、偶然とは考えづらく何者かが殺害したのではと決めてかかりました。

甲山事件の警察の問題点②脅しともとれる理不尽な尋問

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尋問の中で犯行を行っていないならアリバイを証明しろと迫られました。もし言えないならば山田さんが犯人ですと言われ説明ができたのなら釈放すると詰め寄られました。山田さんは記憶を頼りに思い出そうとしましたが、あいまいな部分も思い出せない部分に関しては、無意識に犯行を行ったから思い出せないと言われて悪質な尋問を受けていました。

園関係者に対しても脅していた

殺人と決めつけていた捜査は職場の人々にも圧力をかけていきました。その脅しとは職場に犯人があるということを言って迫ることです。その影響で人々は保身のために他者に不信感を抱き始める。最終的には、山田さんが怪しいという証言まで出るに至ってしまいました。さらに園児からの目撃証言が拍車をかけて、彼女への疑いが強まっていきました。

無罪を主張するには

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日本では起訴をされてしまうと、なんと99%とかなり高い確率で有罪とされてしまいます。しかも、被告人が無罪なのでと争う意思があったとしても、弁護士にすら止められてしまうしまつです。ここでは、なぜ無罪になる可能性が極めて低いのか、またどのようにしたらなるべく無罪になる確率を上げることができるかについて書いていきます。

なぜ高確率で?

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検察官などの案件の選び方や、裁判官の立場などが影響して、起訴されたら限りなく有罪となってしまうという説があります。ここでは、そんな裁判の内情について紐解いていきます。起訴されてしまう状況まで出来上がってしまったあとの絶望的な恐ろしさがあります。

検察官

基本的に検察官は無罪になる可能性のある件を起訴しません。有罪になることが揺るがないものを選んで起訴します。そのような考えが浸透しているので、検察官が無罪の判決の可能性があるようなものを起訴してしまうといい加減な検察官だというレッテルを張られかねないという背景があるとも言われています。

裁判官の立場

一説には、裁判官がかりに無罪判決を下してしまった場合、出世がしにくくなるという話があります。しかし、真相は定かではありません。ただ、裁判のルールの上では、裁判官という立場の人間は、検察官の発言を採用せざるをえないような部分があります。

取り調べで気を付けなくてはならないこと

いつ自身が罪も犯してないのに事件に巻き込まれ、不幸にも有罪とされてしまうような状況まったく他人事ではありません。そこで、もしそのような状況に立たされた場合、どのようなことを心掛けることによって、無罪へと向かうことができるのか、足掛かりになる注意点をいくつか挙げていきます。

調書の怖さ

裁判の決め事にはなんと、調書などで署名や押印をしたものに関しては撤回することはできないと内容が含まれています。裁判官は、このルールにのとって裁判を進行しなければならないので、調書にサインがしてあるものについては真実として捉えざるをえません。なので、裁判官は検察の主張を贔屓しているというわけではありません。

サインについて

調書にサインをしてしまうという行為は、自らの手によって限りなく悪い状況を作ってしまうことになります。調書は自身で文を作成するわけでないので、サインをしてしまうだけ圧倒的に不利になる可能性が恐ろしく高いです。そうなると、後は自身の裁判は有罪のレールにのって進むばかりの状況になりかねません。

証拠があると言われたら

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警察などに証拠があると言われても、実際にこの目で見せてもらうまでは、認めてはいけません。例えば、あなたと共犯したものはこう言っていたと自白を迫るケースもありますが、これは裁判が始まってからその内容を調書を見てから判断すれば済むので、取り調べの段階で、それを理由に認めることはありません。

弁護士を頼る

よく弁護士を呼んでくれとドラマでも、権力を持ってそうな方が言うシーンがありますが、あれはカッコをつけるために言ってるのではなく、とても重要なことです。実際、取り調べを受けて前述のようにサインしないことや、認めないことを徹底出来ればいいのですが、ずっと拘束されてしまい、問いただされていたら非常に応えます。

めんどくさいと

やってもいないのに罪を認めてしまったら、いっかんの終わりです。弁護士を呼ぶことを怠ったせいで、後で裁判とは調書とはどんなものかを後から知っても手遅れになってしまいます。自分の場合取り調べに耐えられないと感じる場合は、のちの裁判のルール上とても深刻なことになりかねないので、迷わず弁護士を呼ぶことをおすすめします。

甲山事件が元となった作品

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ここでは、この大変残念な結果が増えてしまった甲山学園の事件に対しての本についてご紹介していきます。人間と言うのは、完璧ではないので、間違いを犯すことはあります。しかし、できる限り過ちを起こさないように、捜査や裁判の精度を高めることにはまだまだ余地があるのかもしれません。ここで並べた書物からもいろいろなことが学べます。

甲山事件が元の作品①書籍「甲山事件 えん罪のつくられ方」

甲山事件 えん罪のつくられ方

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上野勝氏と事件の当事者である山田悦子氏によって書かれた本です。裁判の経過の状況から、えん罪の原因についても解説されています。第一部は上野氏が、第二部は山田氏が語っています。第3部の座談会では前述の2人の他に渡辺修氏と石松竹雄氏も交えて語っている内容になっています。本人が著しているものでもありますのでおすすめの一冊です。

甲山事件が元の作品②書籍「甲山報道に見る犯人視という凶器」

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一度無罪の判決を受けたにも関わらず、報道は有罪を推定しているかのように流されていたことで、被告が追い詰められていく恐ろしさを語っています。報道というものが、時には身の毛もよだつような凶器として人間に襲い掛かってる、仕組みについて解説されています。現在(2019年5月27日)amazonでは出品されていないようです。

証言台の子どもたち―甲山事件 園児供述の構造

証言台の子どもたち―甲山事件 園児供述の構造
浜田寿美雄という方が著されたものです。著者は心理学者であり、知的障害のある子供たちの証言をどのようにとらえるかという独自の切り口で分析した本です。彼らの日常的な生活やその歩み、個性まで考慮にいれて見解を示している興味深い本です。事件の流れ、供述の分析、虚位の根と3つのタイトルに基づいた構成となっております。

記憶の闇―甲山事件〈1974→1984〉

記憶の闇―甲山事件〈1974→1984〉
特に、国家や権力の暴力性の恐ろしさが読む者にひしひしと伝わってくるような本です。また、それから波紋のように広がる社会の暴力についても述べられいます。容疑者と言われている人たちに対する偏見というもの自身をもっていたか改めて考えさせられます。普段は意識することのない、国家と言うものの怖さを身近に体験させてくれます。

松下竜一 その仕事〈20〉記憶の闇

松下竜一 その仕事〈20〉記憶の闇
先ほど紹介した「記憶の闇―甲山事件〈1974→1984〉」の著者でもある松下竜一氏による作品です。冤罪の恐ろしさを読み手に深く伝えてくる本です。人の曖昧な記憶がさらにその人を奈落の底へ促進させていく怖さがわかります。無実なのにどんどん有罪になりうる証言や物証が固まっていくという中での被告の心情が隅々まで描かれています。

冤罪とジャーナリズムの危機―浅野健一ゼミin西宮報告集

冤罪とジャーナリズムの危機―浅野健一ゼミin西宮報告集
浅野健一氏を中心にさまざまな事について語ったゼミでの記録の本です。甲山事件だけでなく松本サリン事件などにも触れています。冤罪事件をはじめ、報道について、排外主義や権力に対してのメディアの表現について、日本における死刑制度、さらにアメリカ合衆国におけるブラックリストの抹消訴訟冤罪事件などさまざまな事について語っています。

甲山事件に類似の冤罪だった犯罪

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悲惨な結果を生んだ冤罪事件は世の中にはまだまだ存在します。ここ章では、甲山の件によく似た第二の被害者を出してしまったインシデントについても述べていきます。日本には、四大冤罪事件と呼ばれるとても有名なものがあります。免田事件、財田川事件、島田事件、松山事件と呼ばれています。この4つは、どれも死刑判決から無実になりました。

甲山事件に類似の冤罪事件①「免田事件」

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熊本県の祈祷師の夫と妻が殺されて彼らの娘二人が重傷を負わされたうえ、現金が強奪された事件です。その容疑者として逮捕された免田さんの名前にちなんでこう呼ばれいます。玄米を窃盗したとして、別件で逮捕して、しまいには恐ろしいことに祈祷師の殺人の容疑者として仕立て上げられてしまいました。第一審で死刑と判断されました。

自白と拷問

実は、別件逮捕の間に、拷問を交えながら免田さんが自白するように追い込んでいきました。しかし、自白は強要されたものと主張をし、さらに自身にはアリバイがあるとそれを武器に戦いました。しかし、アリバイを証明してくれる人に対しても、言動を誘導させて事実は捻じ曲げられることになります。

怪しい影

免田さんは、ある刑事が売春の手助けをしている事実を知ってしまっために犯人に仕立て上げられてしまったとも述べました。検察側のアピールした被告の逃走経路の矛盾点が指摘されるにいたり、ついに六次再審請求のすえ、無罪という判決がくだされました。31年と7か月という長い拘束期間に対して1億円ちかい保証金がでました。

甲山事件に類似の冤罪事件②「財田川事件」

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1950年に香川県で起こった事件で、闇米を扱っていた男性が殺害されて、現金1万弱とられました。殺された人は刃物でめった刺しにされた状態で、息を引き取っていました。谷口さんという方ともう一人の人物が逮捕されました。実は、この二人は「財田の鬼」とまで嫌煙されていた有名な素行の悪い人物でした。

一人は釈放

しかし、一緒に捕まった人物はアリバイがあっとなり解放されました。しかし、谷口さんはアリバイが成立しがたい状況でそれから2か月間に及ぶきつい拷問を受け、根負けして自白することになります。その結果、一審で死刑を言い渡されてしまいました。裁判では、自白は強要によるものと強く主張しました、やはりその思いは届きませんでした。

長い月日を経て無罪

35年ほど後の1984年に無罪となりました。なぜ財田川と呼ばれたかというと、再審請求の時に裁判所の文言の中で、この単語を用いて文章が表現されていたからです。谷口氏は釈放されたあとに、事件を著したものを世に発表しましたが、それ以外では特に目立った活動はしませんでした。2005年に、心不全のため生涯を閉じました。

甲山事件に類似の冤罪事件③「島田事件」

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1954年の3月10日に静岡県の島田市にある幼稚園で卒業記念の行事の際に女の子が行方知れずになりました。3日後に、大井川の南側にあたる山林で少女の遺体が発見されました。死体遺棄などの犯人として赤堀さんが捕まりました。第一審では、他の4大事件と同様に死刑判決となりました。しかし35年ほど経ち、ついに無罪の判決が出ました。

甲山事件に類似の冤罪事件④「松山事件」

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1955年に起きた事件で宮城県にある松山町が現場になります。農家が全焼してしまい、家族4人(夫、妻、長男、4女)が焼け死んでしまいました。犯行を行った人物として、斎藤さんという方が逮捕されました。まず、一審で死刑の判決が下されました。しかし、警察によって証拠となっていた血痕は捏造されいたことが発覚し、無罪になりました。

甲山事件に類似の冤罪事件⑤「幸浦事件」

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今は袋井市となっている場所で、静岡県にある幸浦村で起きた発生しました。ある家族の4人が突然神隠しにあいました。あくる年に、4人の容疑者が浮上しました。その内の一人を除いて死刑判決を受けました。しかし、無実を主張しつづけてて、最終的には4人とも無実という結果になりました。この事件では国家権力の恐ろしさがうかがえました。

苛烈な捜査

甲山事件と同様に、いや場合によってはそれ以上に警察の捜査は身の毛のよだつものでした。結果的には、警察の拷問行為や、誘導尋問をしていた点が指摘されることが要因となり、無罪を勝ち取りました。この背景には、さらにこ寒気がするような捏造があったとも言われています。なんと、高確率で容疑者の自供にデッチあげあったらしいです。

恐ろしい捏造

死体の場所を容疑者が吐いたように思われていたのですが、そこに裏があった可能性が高いと言われています。実は、もともと死体が遺棄されていた場所を警察が知っていて疑惑があります。なぜなら、遺体が掘り出される前から、その場所には目印があったということが発覚したからです。何か陰謀めいたものを感じずにはいられません。

甲山事件に類似の冤罪事件⑥「二俣事件」

1950年に起きた事件で、その町の名前にちなんでそう呼ばれいます。4人の方が亡くなったのですが、そこで容疑者として少年が疑われました。そして、逮捕され地方裁判所、高等裁判所でともに死刑という判断になりました。しかし、警察による自白が強要されていたことが発覚して、最終的に無罪となりました。

磐田郡

前述の幸浦事件の現場は磐田郡内ですが、なんとこちらの事件も同じ郡内の出来事です。同じ地域で立て続けに冤罪が発生したのはなぜなのでしょうか。そこにはなんと驚愕の事実がありました。1950年前後という戦後を迎えた時代もあってか、まだ人権に関してあまり整備されてないために起こった悲劇なのでしょうか。より詳しく迫っていきます。

紅林麻雄

静岡県の警察上の役所は警部補にあたる人物です。もともとは数々の事件を解決に導き、表彰を受けていた優秀な人物と評判のあった男でした。しかし、蓋を開けてみると多くの冤罪を生んだ冤罪製造機でした。島田、幸浦、二俣などの事件で被告人たちに対して拷問や自白を強要などを行ったと、彼の同僚からの告発があり彼の裏側が発覚しました。

甲山事件に類似の冤罪事件⑦「松川事件」

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1949年に起きた列車運行を妨害した事件です。脱線をしてしまい、不幸のなことに乗組員の3人の方が亡くなってしまいました。疑いのかかったものが、数名逮捕されましたが、裁判によって対象者全員が無罪になりました。真の犯人は、逮捕されず、また特定すらすることができなった、未解決のままになってしまったインシデントです。

国鉄三大ミステリー

松川の件だけでなく、他にも謎に包まれた事件が二つあります。松山、下山、三鷹事件と呼ばれる鉄道に関わる事件でかつ、真相がわからないままになっている3つの事件のことを、国鉄三大ミステリー事件と呼ばれています。どの事件でも痛ましいことに、死傷者を出しています。これらは、さまざまな憶測が絶えなかった事案でもあります。

甲山事件に類似の冤罪事件⑧「木間ヶ瀬事件」

千葉県の東葛飾郡にある木間ヶ瀬村に住んでいた家族4人が、被害者宅で殺されて発見されました。被害者たちの中の家長はお金を貸すことを営んでいました。そこで、警察は金銭がらみが発端となった犯行とにらんで捜査をしていきましたが、とても難航しました。

自白の誘導を主張

疑いのある人々のなかで本田さんが取り調べ中に自白をしました。しかし、彼は自白に至ったのは誘導的であったとして無罪とアピールしましたが、第一審では有罪となり、かつ死刑が下されてしまいました。東京高裁は、自白に関する証拠の価値を否定して、最終的に無罪が決定しました。

甲山事件に類似の冤罪事件⑨「山中事件」

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こちらは、殺害されてからかなりの時間が立って遺体が発見されました。山林で白骨化している死体が発見され、その頭部は陥没しているといういかにも、事件性を匂わせていました。調べた結果、死亡してから2か月弱になると判断されました。被害者も特定され、金銭問題でもめていた人物Aが逮捕されました。

犯行は認めたが

Aは他に主犯格にあたる人物にBがいると言い出しました。さらに、犯行後にBに殺されそうになったと供述した。Aの犯行における詳細の発言と、実際の状況があまりにも違うため、自白の信憑性が懸念されました。最初は死刑という判決だったのですが、そこから最終的に殺人未遂という罪状におさまりました。

この冤罪に関しては

今まで述べてきた犯罪のように、まったくの罪を犯してない被告による話ですが、死刑からの無罪という点からあげました。また、供述に関してさまざまな食い違いによって、罪状が変わった事件でもあります。罪の量刑が変わったという意味ではこれも一種の冤罪と言えるかもしれません。

甲山事件に類似の冤罪事件⑩「八海事件」

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山口県で、瓦の製造をしていた64歳になる夫婦が殺害されました。5人の容疑者が浮上し、拷問によって自白を強要されたりしました。そのなかの、一人の人物は裁判進行がしている間に亡くなりました、他の4人に関しては、死刑の判決を受けた者もいたが、最終的に4人とも無罪になりました。

甲山事件に類似の冤罪事件⑪「仁保事件」

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1954年に起きた農家の一家の惨殺事件で、6名が犠牲になりました。疑いのある人物から消去法で残った人物Fが犯人とされてしまいました。F窃盗未遂事件と起こしていました。そこで、当時でも限りなく珍しいケースで、窃盗未遂の罪で全国に指名手配犯として御触れがでました。

素行に問題のある人物ではあったが

この被告が実際に窃盗を犯していたことは事実でした。現にマンホールの蓋を盗んだ罪で、結果的には罰せられました。しかし、農家の一家の殺しの件では最初は死刑判決だったのですが、17年という年月を経て無罪になりました。ここでも、警察により異常な取り調べが行われていました。取り調べの録音テープがテレビでも公開されました。

死刑判決から無罪になった数々の事件

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現代では、警察が権力を乱用して、罪のない人が有罪になるというケースは、戦後の日本と比べると減ったかもしれません。特に1950年前後には冤罪が多発もしくは明るみなった事案が多かったと言えます。優秀な刑事と思われていた人物が、拷問や、強引な自白をさせること功績を残していたなどという、まるでドラマの中のような話もありました。

甲山事件は冤罪事件だった

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山田悦子さんが最終的に無実として判決されてたことはたいへん良かったです。無実の罪で、拘束されマスコミなどの報道により大衆からも非難されてほんとうに災難でした。二度このようなことが起こらないように祈るばかりです。また、我々自身、犯人はこういう者だという心理にとらわれず、公正な目をもって情報と接していく必要があります。

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