【玄倉川水難事故】DQNの川流れの理由とは?概要と生存者の現在も紹介

一言でも謝罪はあってしかるべきだというのが当時の世間の声であったでしょう。謝罪がないこともこの一件がバッシングを受けた要因のひとつになっています。

生き残った当時幼稚園児の女性はブログを開設

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生き残った子供のうちのひとりで前述の男の娘である女性は成長し、個人のブログを開設していました。事故当時の記憶がトラウマになっているようで、今でも当時のことを後悔するという旨が書かれていました。

匿名でのブログでしたが内容から事故の被害者であることがわかってしまい、父や亡くなった母への言及から個人が特定されました。助けてくれた地域住民への感謝や迷惑をかけたことへの謝罪などがなかったことから炎上してしまい、ブログは現在は削除されています。

加藤直樹が勤めた株式会社「富士繁」は今だ営業

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解体業者であるこの会社は、社員たちが引き起こした事故による世間からのバッシングにもめげずに今でも営業中です。むしろ近年は業務を拡大中で精力的に活動しています。

ちなみに会社としてこの一件に触れた会見は開かれませんでした。

真相は保険金目当て!?玄倉川水難事故のうわさ

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ここまで事故の経緯を聞いて違和感を覚えた方もいらっしゃるのではないでしょうか。非現実的なまでの被害者の態度、防げたはずの事故なのではないかと感じる方も多いでしょう。

一連の件は本当に事故だったのでしょうか?ここではこの事故に関する噂をご紹介します。

玄倉川水難事故のうわさ①保険金殺人だったのでは?

不自然なまでの忠告無視は、実は計画的なものという噂があります。他の社員たちに多額の保険をかけ、事故に見せかけて殺害することでその金を手にしたのではないかという内容です。

本来であればただでさえ傷ついているはずの被害者を疑いその精神に鞭を打つようなひどい噂ですが、この一件の被害者の悪印象も相まってこのような噂がまことしやかに流れていました。

玄倉川水難事故のうわさ②裁判を起こそうとした?

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自然災害の被害者が土地の整備が不足していたなどの理由で国や施設管理者を相手取り裁判を起こすという案件は稀にあるものです。この事故を理由にし放流したダムを訴えれば多額の金を手に入れることができるとリーダー格の男が考えていたのではないかという噂がありました。

実際に裁判を起こすことはありませんでしたが、それは救助後の態度のために予想以上に世間からのバッシングを受けたためではないかという説もあります。

玄倉川水難事故が与えた世間への影響

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この事故は未曾有の水難事故として多くの教訓を生みました。ここではこの事故の後に得た教訓により変化したものたちをご紹介していきます。13名もの犠牲を払い得た教訓を大切に後世に語り継いでいきましょう。

玄倉川水難事故の影響①救助体制の強化

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こまずレスキュー隊がお盆休みで人手不足であったことに対する対策が行われました。対策方法は自治体によって様々でしたが、特に事故の起きたエリアではそもそもこのような緊急事態に対応できるような規模の組織ではなかった為、まず消防本部が発足しました。

人員の確保や今回の事故のような流れの速い危険な河川での事故専門の救助チームを結成し今後の事故の再発を防ぐための備えを整えました。

玄倉川水難事故の影響②天気予報の表現改善

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事故以前の天気予報では台風の規模対してあまりたいしたことがないのではないかという印象を与えてしまう「弱い」や「小型」や「中型」などの表現が使用されていましたが、この事故以降、それらの表現は廃止され「大型」や「強い」という表現のみが使用されるようになりました。

玄倉川水難事故から学べ!アウトドアで事故に遭わないためにできること

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さて、多くのアウトドアの遊びを楽しむ人々にとって、この事故は他人事ではありません。同じような事故を防ぐための注意点をご紹介します。

ひとりひとりが安全を意識し、悲しい事故を未然に防ぎましょう。

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