スナッフフィルムは実在する?本物の殺人映像が収録されたと噂の映画も

人は必ず死にます。それは等しく誰にとっても1つの恐怖です。どんなものなのだろうと考えます。立派な人が亡くなれば立派な死に様だといい、自分もそうありたいとも思います。記録に残したいとも思います。もしかしたら、こんな思いもスナッフフィルムが作られ続ける1つの要因かもしれません。

デスマスク

写真や映像の技術がなかった時代には、人類はデスマスク、つまり死んだときの顔を残すことで死を記録していました。古くはツタンカーメンやシーザー(カエサル)などから始まり、17世紀にはかなり一般的になりました。死者を弔い記憶に残すため、記録や法医学のため、また、死体の身元を捜すためにもデスマスクは作られました。

もちろん趣味嗜好で作られたデスマスクもあります。骨相学や考古学、考古学では現在にいたっても作られているようです。もしかしたらスナッフフィルムともなるとリアルすぎって残酷にすぎますが、恐ろしも荘厳な死だからこそ記録したいという欲求は、古くからあるのかもしれません。

夜と霧

夜と霧――ドイツ強制収容所の体験記録

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アンネ・フランクの「アンネの日記」と並び評される人類が忘れてはならないホロコーストの記録です。ただし「アンネの日記」は子供でも読めますが、こちらはちょっと。大量殺戮、貨車で運ばれる死体の山、人の皮膚で作ったランプシェードなど、ホロコーストの現実を記録している1冊です。

死に様はいつも話題になる

記録したか否かは別として誰かが亡くなると必ず死に様は話題になります。弁慶の立ち往生ではありませんが、俳優の緒方拳さんは、閉じさせようとする目を見開き、最後の10分間は虚空を睨んだまま逝ったといいます。樹木希林さんにも逸話があります。

終末治療の際、医者が同席している浅田美代子に席をはずすようにいうと「あなたは女優なのだから、全部見なさい」といって自分が治療される姿を見せたといいます。他人の生き様、死に様は常に多くの人の興味の対象になるのです。

残虐なシーンが及ぼす悪影響

連続幼女殺害の宮崎勉事件や少年が連続猟奇殺人を起こした酒鬼薔薇事件などの例を挙げるまでもなく、猟奇的な殺人事件が起こると必ず、どんな環境で育っていたかとか、周囲で動物虐待の事件がなかったか、が取り上げられます。では、残酷な映像が及ぼす影響とはどんなものなのでしょう。

暴力や非行に走りやすくなる

専門的には脱感作効果という言葉があります。つまり、幼いうちから残虐なシーンを見ると、残虐さに対する抵抗がなくなってしまうのです。暴力的な環境で育てば暴力に対する抵抗がなくなり、暴力的な大人になってしまうのと同じことです。実際に暴力的な映像を多くみている子供のほうが、やられたらやり返す、倍返し、という意識を持つようです。

ネガティブな気分に陥る

残酷な映像やニュースを見る。それも被害者の感情に移入できればできるほど、人はネガティブな気分に陥ってしまいます。いわば躁鬱の状態を作り出してしまうのです。例えばテレビでも東日本大震災の映像を流す場合に「津波の映像が流れます」などと字幕で注意喚起しています。見るだけで心の傷が大きく広がる人も多くいるからです。

PTSDのような症状も

大地震や殺人事件が深く心に傷を与えることはお分りでしょう。これと同じことが残酷な映像にも言えるのです。強いストレスとなりPTSD(心的外傷後ストレス障害)のようになるのです。例えば怖い体験をしたときに、20年前に見た映画の残虐なシーンを思い出すこともあるのです。

スナッフフィルムは恐怖の映像!殺人動画は身近に存在する

スナッフフィルムが娯楽や趣味を目的としている以上、「死に対して真摯に向き合う」というモラルと良心を持って接したいものです。SNS全盛の現在、ふいに猟奇的な殺人動画が向こうから急に入ってくることもあります。流す人のモラルも問われますが、受け取る側の平常心や冷静でいる心構えも必要なのかもしれません。

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