【加藤智大】秋葉原通り魔事件の動機は母?弟の自殺や現在の様子を解説

加藤智大の犯行動機⑤本人は生活に疲れたと供述

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加藤智大が犯罪を犯した動機は、労働環境への不満でも社会に対する不満でも、学歴にコンプレックスがあったからでも、自分が負け組だから勝ち組に対数る不満からではなく、「生活に疲れた」ことが動機としています。取り調べでも「誰でもよかった」「人を殺すためにトラックを使って秋葉原に来た」と話しています。

加藤智大の生い立ち

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たくさんの人のたわいない会話や笑顔で賑わう日中の歩行者天国を一瞬で惨劇の広場という地獄に変えた加藤智大ですが、彼の生い立ちや幼少期や高校生時代などはどのような生活を送ってきたのでしょうか。ここでは犯人である加藤智大の生い立ちについて紹介していきます。

加藤智大の生い立ち①1982年青森県に生まれる

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1982年に青森県五所川原市に生まれており、下に弟がいます。母親はかなり厳しい教育をされていたとされており「あの母親の子どもとして生まれたことが一番の不幸」という意見まで多く出ているぐらいです。母親の教育などについて紹介していきます。

加藤智大の生い立ち②母親の厳しい教育の元文武両道に育つ

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母親は教育熱心であり、幼少期から厳しく育てていたそうです。その内容は、寒い日に薄着のまま外に立たされるなど今では虐待とも受け取られる躾だったようです。青森で育っていますので、寒い日に薄着で外に出すのは凍傷や凍死の可能性もありました。他の教育内容には下記のようなものがあります。

  • 幼少期から、珠算・スイミング・学習塾など習い事を多くさせていた
  • 友人の家に遊びに行くことが禁止なだけでなく、家に友達を連れてくることも禁止にしていた
  • 作文などは、母親の厳しいチェックが入り間違えた箇所を消しゴムで消させるのではなく、最初から書き直しさせる
  • 見てもいいテレビ番組を制限していた。許可されていたのは「ドラえもん」「日本昔ばなし」のみ(高校2年まで)

なお、作文の宿題の時には提出の前に母親がチェックをし、母親の質問に対して10秒以内に回答をしないと叩かれるということがあったとされており母親のしつけはかなり厳しいものがありましたが、この習い事や教育で加藤智大は文武両道に育っていきます。

加藤智大の生い立ち③県で随一の進学高校に入学も成績は急降下

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幼いころからの母親の厳しい教育により文武両道に育った加藤智大は県内随一の進学校への入学を果たしています。しかし進学校だったことから周りには加藤智大の成績をはるかに上回る生徒が集まっていた為、成績は徐々に低迷してしまい、このころから歯車が狂い始めたと言われています。

加藤智大の生い立ち④岐阜の短期大学へ入学

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母親の教育により文武両道に育ったため、4年大学への進学も可能とされていましたが短期大学への進学を決めます。この短期大学への進学の決断は、母親への反抗心からであったとされています。自動車短期大学へ進学していますが、出席など学業の怠慢から整備士の資格は取得できていません。

加藤智大の職場での様子は?

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学校を卒業した後は就職をしていましたが、仕事は長続きせずその後就いた仕事もすぐに辞めるなど仕事を転々としていました。事件を起こす前に働いていた職場ではトラブルがあったとされています。

加藤智大の職場での様子①転職を繰り返す

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短大を卒業後最初に働きだしたのは仙台市にある警備会社に就職をしていますが、2年で退職しています。その後は上京し埼玉県の自動車工場に契約社員として入るもわずか1年ほどで退職、その後茨城県の住宅メーカーの工場で働きますが約3か月で仕事をやめています。

一度地元の青森に戻り、大型免許を取得し運送会社に入り真面目に働いていたことが評価され正社員になることができましたが、旅行に行くための休暇を貰えなかったことを理由に退職しています

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