【加藤智大】秋葉原通り魔事件の動機は母?弟の自殺や現在の様子を解説

加藤智大の職場での様子②派遣社員として働く

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最後の働いていた職場は、静岡県の自動車メーカーの工場で派遣社員として働いていました。工場では塗装ラインを担当しており公休以外の休みはとらないなど、仕事ぶりはとても真面目に働いていたと言われています。

加藤智大の職場での様子③作業着紛失を解雇宣言と誤解

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勤務していた工場で200人程いた派遣社員の人数を50人にまで削減するという計画が出ており自分も解雇の対象となってたことは聞かされていました。また、ある日加藤智大が出勤すると自分のつなぎの制服を見つけることができず、つなぎがないと騒ぎだしたことにより同僚がリーダーを呼びにいきますが既に会社から姿を消していました。

加藤智大のネットでの様子は?

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加藤智大はネットの掲示板サイトに書き込むことに依存し、日記のようなことを書いていたり掲示板のスレッドに対して攻撃的な批判をするなどして自分のネットでの存在を確立していったと言われています。

加藤智大のネットでの様子①攻撃的な書き込みを繰り返す

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加藤智大はネットで不細工スレの主というものを作り上げ、世の中のことなどについて攻撃的な書き込みを行ったりしていました。この書き込みは一部の人から人気があり次第にネット上において独自の立場お確立していくことになりました。

加藤智大のネットでの様子②犯行前の日記的な書き込み

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掲示板のスレッドにおいて独自のキャラを作り上げ徐々に知名度が上がってきますが、知名度が上がっていくにつれなりすまして書き込みをする人物が増えました。なりすましを辞めるよう書き込みますが逆効果となってしまいます。掲示板は攻撃的な書き込みからネガティブな日記のような書き込みに変わっていきます。

加藤智大のネットでの様子③事件当日の書き込み

秋葉原での犯行を行う当日も犯行時刻ギリギリまで書き込みを続けていました。内容は犯行予告そのもので、地名まで載せたうえで、「人を殺す」「車でつっこむ」などの他にも車の後はナイフを使用することなど犯行に使う凶器や行動などについて度々書き込んでいました。

頭が痛いなどの単なるつぶやきめいた言葉もありましたが、最後は「時間です」で書き込みその時間は12:10分で犯行現場のすぐ力書き込みをしていました。事件が起きたのはその約20分後で大勢の人の笑顔が恐怖に変わった瞬間でした。

加藤智大が凶行に走ったのは承認欲求が満たされなかったから?

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史上稀にみる無差別殺傷の凶行を行った理由は家で見つけることができなかった居場所をネットに求めましたが、ネットで馬鹿にしたりなりすましをしたりする人が増えた事に嫌気がさこのような凶行に及んだのではと考察できます。幼少期の母親の厳しい教育でダメ出しをずっとされ続けていたことに対して、認めてほしいという承認欲求が強くなったのではと推察できます。

強い承認欲求を鎮めるためには、コミュニケーション能力を向上させたり、自分のコミュニティの場所を増やすといいとされています。1つのネットに固執することなく、いろいろなコミュニテイの場を広げていけてればこのような凶行に走ることはなかったのかもと考察できます。

加藤智大の母親とは?

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地方裁判の裁判中においては母親の教育方法が被告人の人格形成に影響を与えてしまったとさえ言われた母親の厳しい教育とはどのようなものがあったのでしょうか。人格が形成される幼少期からの母親の教育方法について紹介していきます。

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