カラチャイ湖はソ連が隠蔽した世界一汚染された湖!ウラル核惨事の真実も

カラチャイ湖へ観光にいける?

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事故から40年たった現在も当局によって監視、保全されているカラチャイ湖ですが、元の安全な土地に戻るまで何千年もかかるといわれています。今なお、放射性廃棄物が捨てられ続けているので、観光で行く場所でないのは明白です。周辺に住む被害を受けた住民に対して、補償もなく時間だけが過ぎていることからも、観光はお勧めできません。

マヤーク近くの村に住む人々

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マヤーク核施設から北東に約50km離れた場所に存在するカラボルカ村。この村に住む住民が、事故による放射能汚染の被害を知ったのはソ連崩壊後の92年になってからでした。カラボルカ村以外の周りの町や村の住民が、強制移住されていたことすら知らされていませんでした。今もなお村人の多くは、がんや慢性病に侵されています。

カラチャイ湖の放射線汚染から見捨てられた少数民族

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マヤークから北東に約50km離れた場所に、カルボラカ村があります。タタール系の住民が暮らすこの村でも深刻な放射能汚染がありましたが、一部の農場が説明もなく使用禁止になっただけで、周りの村人が避難をしていることも知らされていませんでした。

ソ連崩壊後に知った放射能汚染の真実

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周りの住民が次々と避難していく中、残されたカルボラカ村の住民はいつも通りの生活を送っていました。家庭菜園で採れた野菜、牛から搾ったミルク、川や湖から魚を採って暮らしましたが、すべて高濃度の放射能に汚染されていました。

放射能で次々亡くなる住民

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住民に村の放射能汚染が知らされたのは1992年ごろでした。それまでの間、大勢の村民はがんで亡くなったり慢性の病気にかかっていました。村人からは、放射能汚染による人体実験の為にわざと避難させなかったのではないか、など怒りの声が上がっています。

低すぎる補償金

汚染地域に住み続ける住民は、今も汚染された食べ物を摂取し続けています。政府に対して、カラボルカ村を汚染地域に認定して村人に十分な補償金を出すように要求していますが、返答はありません。同じように取り残されたムスリュモヴォ村の住民は、村から避難すれば保証金が貰えますが、その額が僅かなために村を出ることができません。

毎年行われている住民の健康調査

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長年放射能を含んだ食べ物や飲み物を摂取し続けてる村の住民達に対して、毎年保健機関が放射能レベルや病気などの調査を行っています。調査によって、放射能汚染によるがんの発生率の上昇が明確に分かっています。ですが住民には健康調査の結果は知らされることはありません。

ロシア政府への不信感

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現在、マヤーク周辺では毎時1150マイクロレントゲンが計測されており、遠く北極海までその影響が及んでいます。ですが政府は住民からの質問に、「危険ではない、安全に暮らせる」と返答しています。実際は住民は汚染された土地による外部被ばく、食物による内部被ばくを受け続けています。

 

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