ノーパン喫茶はどんな風俗店?現在はある?歴史やサービス内容を解説

基本的にはおさわり禁止

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とはいえ、通常の接客には変わりないというのが暗黙の了解でした。格好がいかにきわどくとも、男性がこぞって訪れ女性の体を見ようとしても当初はおさわりすらなかったのです。

もっと言えば始まったころは接客だけなのでそのほかのサービスはなかったといわれています。しかし、それもサービス戦略の波には抗えません。接客だけの喫茶店はいつしか、その他のサービスでお客の心をつかめないか考えられていくようになります。

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その中でも代表的なのが、鏡張りです。何と床を鏡張りにするというもので、女性は剃耗をしてより見えやすくした状態で接客作業をこなしているので、男性からは見え放題になるというものです。

こういったサービスの登場により、おさわりはなくとも男性を盛り上げる内容は登場してくるようになったのです。その後は、誰もが想像できる通り、色々なスタイルや趣向を凝らしたお店が登場することとなったそうです。

個室で性的なサービスをする店もあった

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きわどい格好に、接客だけに止まらない趣向は、もちろん男性の心をつかんで離さなくなっていきます。そうしていくと、お店側もよりお客さんに来てほしいと、より工夫をしていくものです。

その波は過激を増して、お店によってはオプションとはいえとうとう個室で性的なサービスを振る舞うお店も登場してきたといわれています。個室の中ではどういった接客をされていたのか時になる人は多いと思いますが、もちろん想像通りの内容です。

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男性を性的に興奮させるもの、満足いく性的なものが施される内容となっています。ただコーヒーを運ぶ女性が、そんなことをしてくれると考えれば、当時の男性客はとんでもない盛り上がりだったのではないでしょうか。

ノーパン喫茶の歴史とは?どこの店から始まった?

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一躍ブームを迎えたともいえる喫茶店。今の時代を考えれば、全く存在することすら想像もできないようなお店になるわけですが、そもそもどこから始まったのでしょうか。その壮大な歴史にについて触れていきましょう。

1978年に元祖ノーパン喫茶「ジャーニー」がオープン

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そもそも始まりですが、これには諸説あります。もっとも有名なものとしては1978年の京都で開店された「ジャーニー」あるいは「ジャニー」というお店が、始まりだったといわれています。

それ以外の説では、1981年に誕生したというものであったり、誕生の地は京都ではなく大阪や福岡、東京で誕生していたピンク喫茶なるものが飛び火して京都のお店に影響を与えたとも噂されており、起源自体は幾つも説があるようです。

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大阪には「あべのスキャンダル」というお店も開かれており、そこでは喫茶店だけでなくノーパンラーメンやノーパン牛丼なるものも誕生したともいわれています。そんな誕生を迎えたこの業界は、瞬く間に人気を博していきます。

人気の理由は、やはり男性の目をくぎ付けにするその格好です。先述したような特殊な姿は男性にとっては最高の癒しの場所となっていったようなのです。その詠歌を極めたブームは、一時は全国で800店舗もの出店数だったといわれています。

摘発などがあり1982年にはブームが終わってしまう

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大流行を一瞬にして極めたブームでしたが、しかしいつまでも長続きしないのは世の常です。とあるきっかけで、そのブームも終わりを迎えます。その理由が摘発でした。すでに先述したような過激なサービスが始まりだしたこの業界。

お店の中で女性が男性に過剰な接客をしていることは、すでに周知の維持つとなっており、そこから徐々に摘発が行われるようになっていったのです。当然、色々と他店よりもいい物を提供しようと躍起になっていたお店は摘発対象となっていきます。

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これにより、一躍ブームを築いた接客はお店ごとなくなり、一気にその数を減らしていったのです。

1983年にサービスが過激になり再ブーム

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ブームが去ってお店が数を減らして行く一方で、その影響は通常の喫茶店にも大きな余波を与えていきました。その結果、1983年には再ブームが起きることにもなったのです。ことのあらましは、当時の喫茶店の数と経営が関係しています。

当時、喫茶店というお店は、通常の物だけでも現在の数の倍近く存在していたといわれています。その中で突如として生まれ消えていった性的なお店は、当然通常のお店にも影響を与えたのです。

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通常経営のお店は、全てのお店がうまく経営できていたわけではもちろんありません。そこでこの性的ジャンルの登場です。さらに経営がうまく立ち回らなくなっていきます。また、ブームが去った後も、やはり過激なものを知った客はなかなか戻ってきません。

これにより、元から経営がうまくいっていないお店、経営がうまくいきながらもブームの到来と共に経営難に陥り始めたお店がこぞって、このジャンルに切り替えていくことになるのです。そのタイミングは摘発が行われ始めたごろから徐々に始まっていたともいわれています。

こういった流れから、1983年には再びブームが巻き起こり、過激なものも増えていったので、さらに再ブームに火をつけた形となりました。

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