宮崎勤の生い立ち!東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件の犯人の家族の現在

写真を撮ろうとしていた寸前で発見され、罪のない小さな天使たちは未遂で終わったのでした。彼女の堅実な行動によって守られました。宮崎は、その場で捕まっています。

似たような手口で連日幼い子供が不明となっていたため、問い詰めていったところ、素直に自供したといいます。あやふやだった線上が、ぴったりと当てはまり解決へ進んでいったのです。

宮崎勤の犯行のその後①2006年死刑確定

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取調べ中は、亡くなった祖父に対して魂を捧げるための儀式だったことや、突然ネズミ男が登場して殺していたなど意味不明な言葉を語っていたことから慎重に進めていったとされます。

2回にわたる精神鑑定をした結果、人格障害と認定されたものの責任がとれる是か非については、在るとし死をもって償うとされる一番重い刑が科せられたのでした。

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法廷中も、心ここにあらずといった姿であり、居眠りをしたり、ぼーとしていたりと他人ごとのようだったといいます。

宮崎勤の犯行のその後②2008年死刑執行

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ほとんど8年という期間を待って執行されているのが通常です。異例のスピードであり、2年弱というスパンで行われました。特に暴れることも抵抗することもなく淡々と進んだといいます。

最期の言葉を聞かれると、ビデオの途中だったのにと呟き一生を終えたのでした。その後、母親へ報告されましたが引き取ることを拒否し、処理は任せると言い放ち、姿は見せなかったとされます。

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罪を犯した息子でも、自分がお腹を痛めて産んだ我が子ではあります。息絶えた亡骸をせめて家のお墓へ入れようという気持ちはなかったようです。世間へ明るみとなってから、人生が無茶苦茶となったことでしょう。

これ以上、振り回されたくないという心情でしょうか。老いてからは静かに余生を過ごしたかったのかもしれません。

宮崎勤の犯行の動機とは?

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意味不明な言動を繰り返したため、はっきりとした理由が分からずに、この世を去っています。小さな女の子だけを狙っており裸の写真などを残していたため、始めはわいせつ行為であると思われていました。

本人は、はっきりと違うと否定しています。では何が彼を悪に染めたのか?を考察していきます。

宮崎勤の供述①「自分の子供が欲しかった」

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26歳の成人男性であれば、結婚も考える人も出てくる年齢でしょう。同じく少しは意識していたようですが、女性に全く相手にされないことを語っています。

大人女性に巡り合えない、振り向いてもらえないなら、誘拐をして小さな子を手に入れようと考えたとされてます。

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見た目や容姿を磨こうと努力はせず、子が欲しいという最終の目的のゴールだけを見すぎた結果が残虐な出来事となったとされています。

ただ、自らの手によって簡単に願望を壊してしまっていることには疑問が残るばかりです。

女性を誘拐して結婚する事件について詳しく知りたい方は、こちらも良かったらご覧ください

宮崎勤の供述②「祖父を復活させるための儀式」

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幼い頃、母に変わって非常に可愛がってくれた祖父だけは唯一家族として愛した人間だったのではないでしょうか。実際に、亡くなって数か月後に動いていることから、大切な人を失ってしまった寂しさを埋めるためだったのでしょうか?

心の支えをなくしてしまった空虚感は計り知れないものだったのでしょう。だからといって小さな尊い命を奪ったことは許される行為ではありません。

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彼自身が乗り越えていかねばいけなかった試練を間違った道へ反れてしまい、罪のない人々を巻き込んでしまったのです。

宮崎勤の供述③「手のせいだった」

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コンプレックスとしてずっと抱えていたようです。幼稚園のころの嫌な思い出がずっと心の片隅にあったのでしょう。

日常生活についてはそれほど支障の出ないものだったといわれており、ただの口実に出していた可能性はゼロともいいきれないでしょう。以前から、都合の悪いことは全て手を理由にして言い逃れしてきました。

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珍しい障害でもあり、完治はしないことから格好の見世物となっていたようですし、どうせ自分はこんな体だからとふさぎ込んでしまう部分があったとされます。

宮崎勤の供述④「夢の中のようだ」「ネズミ人間に言われた」

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幻想の世界でも見ていたといわんばかりに、夢を見ている途中で行ったと告げてみたり、ネズミの頭をした人間が殺めているのを遠目で見せられていて怖かったと意味不明な会話を繰り替えしていました。

結局、何が理由で騒動を起こしてしまったのか、決定的なものは掴めぬまま真相が闇に葬れられています。最期まで悪いことをしたといった謝罪の言葉はなく、自分が可愛かったから自首はしなかったとも述べています。

宮崎勤の精神鑑定の結果は?

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刑を定めるために重要なポイントともいえる責任能力について、今回は意味が通じない会話をしていたことから、慎重に進めていく必要がありました。

精神鑑定の結果とその理由、各症状の簡単な概要などをまとめていきます。

宮崎勤の医師の見解①小児性愛者ではない

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4歳から7歳といった幼い子供を次々と狙っており服を脱がせたりして自分の欲求を満たしているような行動から、いわゆるロリコン説が根強くありました。

祖父を生き返らせるためには純粋で幼い女の子が儀式に相応しいとされ、解剖をせよという姿のない声を聞いたと語っています。

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5人の精神科医の見解によると、自分の願望のためではなく、大好きな人が生き返ってほしいという想いから事に及んでいるとされました。

宮崎勤の医師の見解②人格障害・統合失調・隔離性同一性障害の疑い

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最初の鑑定結果では、統合失調症の疑いはあるが、人格障害に留まる範囲であり、責任能力はあるとされたことから弁護人は、再度の慎重な調べをしてほしいと依頼しています。

よって3人の精神科医と1人の臨床心理士を交えた本格的な鑑定をしています。結果、1名は統合失調症と診断しましたが、残りは多重人学者と述べています。

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いずれも当時の精神状況から、責任の是か非を判定をします。逮捕前には見受けられなかったと断定し極刑が言い渡されたのでした。

宮崎勤の獄中での様子と死刑執行前まで

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逮捕と共に世間を賑わせた男でありましたが、判決が決まった後、徐々に静けさを取り戻していき、報道も入ってこなくなりました。塀の中では、どのように過ごしていたのかを簡単にまとめました。

宮崎勤の獄中での様子①面会者に「私は優しい人間です。」

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4人もの未来ある小さな命を奪った人間の口から出た言葉に耳を疑ってしまいますが真剣に語ったといいます。自分が何かの間違いで残忍な人間と認識されてしまったと思っているのでした。

のちに無罪となるとも言い切っていたといいます。真逆ともいえる悍ましい出来事を自らの手で実行しているにも関わらず、死刑だと告げられても、微動だにせず他人事のようでりました。

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何もしていないという自信が彼にはあったのかもしれませんが、深い心の闇を感じる言動でもあります。

宮崎勤の獄中での様子②不気味な絵を描く

精神鑑定の参考資料として使われたものですが、不可思議なオーラを放っています。目や足のない人間であったり、頭はネズミで体は人の姿などといった異質を感じるものばかりでした。

公判中もほおづえを突き、黙々と落書きしていたといいます。違う異次元の世界を描くことで自分の不安定な心を落ち着かせていたのでしょうか。

宮崎勤の獄中での様子③手紙で死刑方法の批判

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とある雑誌の編集長と手紙のやり取りをしており、その中にあれだけ残酷に殺めていたにも関わらず自身の死に対しては、恐怖を感じ怯えていたようです。

現在の日本での死刑方法は絞首です。落下するまでの間の気持ちを考えたら毒を体内に入れて欲しいとアメリカのような毒殺を希望しており、我が国の刑について改正する必要があるのではないかといったことを綴っていたようです。

宮崎勤の獄中での様子④死刑執行まで反省の言葉はなかった

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2年弱と異例のスピード執行ではあったものの、自分や周りを見つめ直す期間は十分にありました。それでも罪を犯したことについての半生や遺族に対しての謝罪は最期の言葉でも出てきませんでした。

身勝手にも、呼び出される前に鑑賞していたビデオを気にしながら逝ったのでした。

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