オマージュの意味は?由来とパクりやパロディなど類語との違いも紹介!

異化は「オリジナリティ」の根拠になり得るか?

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ロシア・フォルマリズムの破綻が私たちにもたらしてくれる教訓は、異化、すなわち通常とは異なる表現方法をいくら駆使したところで、それは作品の文学性を担保してくれることにはならない、ということです。

「オリジナリティ」についても、同じことがいえるのではないでしょうか。独自の手法・技法を展開したとしても、それによって作品のオリジナリティが絶対的に保証される、とは言い切れない面があるのです。

その他、独特な表現技法で知られる三島由紀夫についてお知りになりたい方は、以下の記事をご参照ください。

「オリジナリティ」はどこにあるのか:②テクスト論

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さて、次に「テクスト論」と呼ばれる文学理論について見ていきましょう。テクスト論における文学作品へのアプローチの仕方は独特であり、ここにも「オリジナリティ」に関するヒントが隠されています。

テクスト論とは?

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テクスト論とは、1980年代から唱えられている文学理論であり、さまざまな文学作品を論ずるにあたり、「作者」についてだけは言及を避け、文学作品を純粋な「テクスト」として見る、という立場のことです。

それまでの文学研究においては、作品を著した「作者の意図」に近づき、それをくみ取るのが文学の最終的な目標であるとされていました。しかしテクスト論は、あえてそうした考え方を排したのです。

ロラン・バルト『作者の死』

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テクスト論の先駆けとしてしばしば言及されるのが、フランスの批評家ロラン・バルトによる『作者の死』というエッセーです。

この中で、バルトは文学作品はそれ自体が「テクスト」として自立しているので、文学作品を論ずるにあたり、必ずしも作者に対する言及をする必要はない、と述べ、次のような有名な言葉を残しています。

「読者の誕生は、『作者』の死によってあがなわれなければならないのだ」(引用:石原千秋『読者はどこにいるのか』)

「作者の意図」なんてわからない?

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私たちは文学作品を読むとき、「作者はどんなことを伝えたくて、この作品を書いたのだろう」と、つい自然に考えます。しかしいくら文学作品を読み込んだところで、本当に作者の考えがわかるものでしょうか。

テクスト論においては、「作者の意図」を作品から読み解くのは不可能であるという前提の元に立ち、あくまで作品=「テクスト」を分析することに徹します。テクスト論とはそのような「立場」なのです。

テクストは「引用の織物」

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また、バルトは、テクストは「引用の織物」である、とも言っています。どんな文学作品であっても、今まで語られてきた言語を使って書く以上、部分部分を見れば、それは「引用」に過ぎない、というわけです。

ゆえに文学研究がなすべきことは、テクストの内部に「編み込まれている」文化や思想、論理などをひもとき、分析することなのだ、とバルトは説いたのです。

「引用」と「オリジナリティ」

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テクスト論がもたらしてくれる見識は、「作者の意図」は、必ずしも読者に伝わるとは限らず、伝わったとしても、それはたまさかの一致にすぎないかもしれない、ということです。

ゆえに「オリジナリティ」も、読者の受け止め方次第です(オマージュとパクリの違いについての議論を思い出してみましょう)。作者も読者も、あまりナーバスにならないほうがよいのかもしれません。

オマージュとはオリジナルへの尊敬を込められた作品のこと!

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オマージュについての記事はいかがでしたでしょうか。世の中には「こんなところに?」と言いたくなるような、ちょっとしたオマージュが隠されている作品が数多くあります。

そうした「元ネタ」を探してみたり、古今東西の作り手たちの一風変わった交流に、思いを馳せてみるのもよいかもしれません。

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