附属池田小事件とは?宅間守の生い立ちや「逃げた教師」岩崎真季の現在に迫る

附属池田小事件の犯人・宅間守の家庭環境

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今回ご紹介しているセンセーショナルを集めた凄惨な事件の犯人である凶悪殺人犯の過去の『生い立ち』犯罪や結婚の経歴、少年時代や学生時代までまとめてご紹介していきました。非常に色濃い人生で彼だけではなく人生のそのものが『狂気』染みたものだと言えるのではないでしょうか?

さて次に彼の人格や精神を形成する際に大きく影響したと考えられる家族や『家庭環境』についてご紹介していきます。どんな家族がいてどんな両親だったのでしょうか?あまり知られていませんが実は兄弟もいたのです。

宅間守の父親はプライドが高く頑固

彼の父親をご紹介する前に、この父方の血筋及び家系について言及していきます。『宅間』という家系は遡ると『明治維新』に携わった重要人物のあの『西郷隆盛』の家臣として仕えていたそうです。そのためそれ以降は代々警察や検察などの公務員として活躍した人物が多く、威厳ある血筋だったのです。

そして彼の父親もまたその精神を良くも悪くも全面的に受け継いだのです。それにより彼がまだ幼いころから時に躾の名目で暴力を振るうなどして厳しい教育を徹底していました。また他の家族にもしばしば手を出していました。そんな愛情が感じられない厳しい父親の影響を少なからず受けているかもしれません。

宅間守の母親はネグレクト状態

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母親に関しては前述の通りでお腹に彼を宿した時から『アカン降ろしたい』と発言していた様に、生まれた後もかなり『育児放棄』気味であったと考えられます。つまり彼は母親からも父親からも真っ当な『愛情』を受けずに育ってしまったのではないかと考えられ、十分『サイコパス』の人格者を形成する要素が揃っているのです。

宅間守の行動に心を病み兄は自殺

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実は彼には実のお兄ちゃんがいました。兄は目立った問題行動も起こしておらず、彼と正反対で『優等生』といったイメージがある人物で、社会人になっても色々な事業に手を出して、実業家や社長として活躍していたそうです。一度高級車を乗っていたそうです、弟である彼に『生意気だ』という事で破壊されています。(器物損壊罪で逮捕されました)

彼のまずい『問題行動』や繰り返れる『犯罪』に対して、兄もいろいろと思い詰めていたのでしょうか?風評被害や世間体で悪く見られてしまったのでしょうか?兄は『事業失敗』という嘘の理由をついて自害してこの世を去っていました。本当の理由は『弟』です。(いつ自殺したかは諸説あり、タイミングは事件の前後どちらかはっきりとしていません)

2019年現在も行われる附属池田小事件の被害者への追悼式典

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今回ご紹介しているセンセーショナルを集めた凄惨な事件は、2019年現在においても、記憶に強烈に刻まれている日本人も多く、風化されることなく関心を集め続けています。現場となった小学校では毎年追悼式が開かれたり、各方面から思わぬ形で『追悼』されることになったのです。

附属池田小学校では毎年事件発生の時刻に黙祷

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事件が発生した翌年から、2019年令和現在に至るまで、事件が発生したその日時になると、現場となってしまった『池田小』では追悼式典が執り行われて、児童の安全や健康などを祈って、また凶悪殺人犯によって奪われた尊い8つの命に向けて『黙祷』が捧げられます。

附属池田小事件二日後のFIFAでも黙祷がささげられる

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今回ご紹介しているセンセーショナルを集めた凄惨な事件が発生した平成13年では、世界的にサッカー『FIFAワールドカップ』が開催されており、事件当日から2日後にはちょうど日本VSフランスの試合が行われました。そこで試合開始前に選手一同が命が奪われてしまった8人の少年女子たちに向けて、静かに黙祷が捧げられたのです。

追悼ソングは宇多田ヒカルによって創られた

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また凶悪殺人犯に命が奪われてしまった少年女子たちの中には、平成を代表する日本の音楽シーンに多大な影響を及ぼした『宇多田ヒカル』の熱烈なファンがいました。それを知った彼女は、その熱烈なファンである犠牲者に向けて『楽曲』が創られて追悼ソングとなったのです。

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