野次馬で溢れ返った現場では、英雄であった彼らが保持していたものを記念として頂戴しようとかなり混沌とした状況になっていました。
ボニーの毛髪や着用していた衣服はもちろん、クライドの人体の一部を切り取ろうとするなど、狂気の沙汰としか思え無いまさに地獄絵図でした。
ボニーアンドクライドの葬式に押し寄せる人々
人気絶頂の強盗殺人犯だったボニーアンドクライドの葬式が執り行われた時にも、大勢の人が押し寄せた事で大混乱を招きました。
彼達が世間にどれほどの影響を与えていたのかが良く分かるエピソードをひとつお伝えします。
葬式に2万人以上!
強盗殺人という決して許され無い罪を犯した彼達ですが、クライドの葬式には1万人、ボニーの葬式至ってはなんと2万人もの人が参列に訪れたと言われており人気の高さを物語っています。
その参列者の顔触れは普通の人々が大半で犯罪者は殆どいなかった事から、大衆からの人気が高かったと言えます。
やはり彼達は民衆のヒーローだったのです。
ボニーアンドクライドマル秘情報
ボニーアンドクライドについて、どのような犯罪者でどのような死に方だったのか、あらすじについて知っている方は多いと思います。ですので、ここであまり世間に知られていない少しマニアックな情報をお伝えします。
ボニーアンドクライドはかなりの激臭
ボニーアンドクライドはずっと身を潜める生活が長かった事で、体臭・口臭が酷かったと言われています。そのために香水を何時も持ち歩いていました。悠長にシャワーを楽しむような余裕はなかったのかも知れません。
スマートな犯罪者としてヒーローのように崇拝されていた彼達のイメージからは程遠い事実です。もしこの事実を知っていれば、少しは人気に影響があったかも知れません。
ボニーアンドクライドの車はホテルに展示
ハチの巣になったフォードV8はクライドが着用していた衣類と共に、ネバダ州にあるウィスキーピートズホテルで公開展示されています。最期の事切れる瞬間、如何に激しい弾丸を受けたかが一目で分かります。
ここはミニ博物館及び資料展示場になっていて、フォードV8だけでなく当時の新聞記事といった詳しい資料も数多く保管されています。
傷みが酷く元型を留めてい無いシャツや、弾丸の跡がはっきりと残ったフォードV8の姿が事件の凄まじさを余す事なく写しています。
クライドはゲイだった
実は彼はゲイだったと言われています。これは彼と行動を共にしていた仲間も語っているので真実と考えてまず間違い無いでしょう。しかし彼の荒々しい性格を考えると少し意外な感じもします。
ボニーアンドクライドは人気絶頂のカップル強盗殺人犯と言われていましたが、その実情は彼女の片思いであり、彼にとってのボニーは信頼のおけるパートナーという扱いだったのです。
性格的には合い入れ無い2人だったかも知れませんが、壮絶な最期の瞬間を迎えるまで2人の信頼関係は揺らぐことは無かったのです。
ボニーアンドクライドの死後遺体購入の申し出
ボニーアンドクライドの人気は想像をはるかに超えていて、特に若年層からの支持は絶大でした。そして、ボニーアンドクライドの遺体の購入を望む人もいたようです。
日本では死者への冒涜と言われそうですが、アメリカという国の性格上あまり関係無いのかも知れません。
少し話は逸れますが、2012年のオークションで2人の銃が合計3,900万円で落札されました。これだけの大金をはたいても購入したいファンが今でもいるのです。
ボニーアンドクライドをモデルにした映画
ボニーアンドクライドの事件から幾年経ってもその人気は衰える事がなく、彼達を主テーマにした洋画も数多く作成されています。
俺たちに明日はない
1968年2月24日に公開の「俺たちに明日はない」です。ボニーアンドクライドを主テーマにしたこの洋画は大人気で、アカデミー賞やゴールデングローブ賞を受賞しています。
フォードV8がハチの巣になって最期に事切れるシーンも見応え抜群です。
鉛の弾丸をぶちかませ
1960年4月16日に公開の「鉛の弾丸をぶちかませ」です。こちらもボニーアンドクライドを主テーマにしているのですが、「俺たちに明日はない」と比べるとあまり人気は無いです。