「まぐわい」ってどんな意味?昔から使われるまぐわいの意味や由来とは

一夫多妻も珍しくなかった時代の日本では、お祭りの時期ともなると特に盛んに機会が持たれたようで、人妻がまだ経験のない、今でいうところの童貞に手解きをしてでも子を産むことが、その土地の安定と豊穣に繋がるとする考え方は、日本の各地に見つけることができます。

この時、注意したいのが、産むための行為が目的ではなかったという点です。男女の視点の差はありますが、建前としては神聖な儀式として扱われます。つまり、名誉な行いであり、隠す理由が乏しいのです。もっとわかりやすく表現するならば、授かることができなければ、それこそ一大事だったのです。

そのため、女性としては何としてもと願い、男性としても、何が何でも愛する相手を不幸にさせてはならないと、真剣にことに及んだと記述されています。正に、子宝が村の将来とその年の豊作、豊穣や人生のあり方にまで関わっていたことを示しています。

日本の貞操感はいつ頃代わり始めたのか

そんな日本ですが、産めよ増やせよという時代は終わりを迎えます。理由はいくつも考えられますが、大きな要因の一つと考えられるのは、経済の仕組みに変化が及んだことです。これと同時に、日本は女性の社会進出が加速度的に拡がります。

それは恋愛自由の解禁を及ぼし、女性は男性側からの視点を跳ね除ける形で、自分でも意中の男性を探す機会を得られるようになります。しかし、男性社会であった日本は、女性にも男性と同じ責務を求めるヨーロッパ的な構造へと傾きを強めます。結果として、産む機会が減るという現実に立たされることになります。

愛の先にある命

恋愛の末に意中の恋人と望む結婚を果たすことは、いつの時代でも男女の憧れです。戦時中であれば、尚更、今を生きる命をつなぎとめるために、愛を語ることに熱心になったに違いありません。長い歴史の中で、戦争は各地で起こり、多くの人の命を奪い、また、失ってきました。

まぐわいという言葉は、そんな時代を乗り越えて、今日へと受け継がれてきた言葉なのです。案じるより産むが易しとは言いますが、時代ごとに違いこそあれど、妊娠と出産は女性にとって命がけの行為であることに違いはありません。産まれてくる命と、一緒に生きられる時代を守ることができるように、まぐわいたいものです。

現在でのまぐわいの意味

歴史の積み重ねの末にある現在では、残念ながら、まぐわいの意味も少しづつ変化しています。昔のような高潔さや愛おしさへの意識は鳴りを潜め、どちらかと言うと、低俗な言葉遣いのように思われがちです。

セックスを表す言葉となってしまっている

最終的に性交渉に及ぶことを意味することに違いはないため、現在でのまぐわいの意味は、昔とは違いセックスのみを指す言葉としても使われることがあります。しかし、元々は男女間の愛情を含んだ交流を表した言葉であることを忘れないようにしたいものです。

昔と今は意味が少し違う

男女間の出来事の中でも、結婚は不倫以上に大きな意味を持ちます。しかし、この定義すら怪しいとなると、今の価値観とは別の話として考えるべきです。なぜならば、まぐわいは生涯において、その相手としか成し得ない特別な感情からの行為を意味する言葉だったからです。

実際、古事記では、出産を通して命を落としてしまった女神の伊邪那美命(イザナミノミコト)を諦めきれずに、夫である伊邪那岐命(イザナギノミコト)が彼女の蘇生を願う場面が重厚に描かれています。

残念ながら、死んで相応の時間が過ぎて、全身に蛆の湧いた死体となってしまっていた伊邪那美命(イザナミノミコト)の姿を見た伊邪那岐命(イザナギノミコト)が逃げ出してしまったため、蘇生は失敗に終わります。

生涯において、これほどまでに相手を愛したことはなく、また、自分と相手が収まるべき姿として、一つになることを意味するまぐわいとは、元々は男女間の愛情を含んだ交流を表した目配せのようなわずかな所作から生み出された言葉であることを忘れてはならないのです。

まぐわいは古来から伝わる古き良き言葉

言葉の持つ意味は、確かに時代を経ることで少しずつ変化して行きます。それでも、今日まで伝えられてきたと言うことは、本来の意味を隠し持ちながら、新しい価値観を受け入れて、お互いの立場から必要とされる言葉であったからなのでしょう。

どんな理由であれ、古来から伝わる古き良き言葉を失わせてしまうのはもったいない話です。ちょっとした夢まくらの中で、まるで千夜一夜物語のように、愛しい相手の耳元で囁く言葉として、語り継いで行きたいものです。

新しい言葉も日々生まれている

新しい言葉も日々生まれています。それまでの意味に加えて、別の意味を増やした言葉や、それまでとはまるで違う意味を手に入れた言葉もあります。それもまた、私たちの生活の中から作られた言葉。入り混じりながら、次の時代へと伝えられていくのでしょう。