奪衣婆は恐ろしい三途の川の番人!役割や意外な一面まで徹底解説します!

奪衣婆には亡者の罪の軽重を測りその軽重を見極めるだけでなく、生前に窃盗などの罪を犯したものを裁く役目もあったようです。その方法も恐ろしく、悪事をしたその両手の指の骨を折ってしまいます。

奪衣婆には相方もいる!対となる鬼、縣衣翁との違いは?

三途の川のほとりにはやってくる亡者を待ち受ける鬼がもう一人います。それが縣衣翁(けんえおう)です。ここではこの鬼について一体どんな存在だったのかを解説します。

奪衣婆と共に亡者の罪を測る老人

奪衣婆が亡者から剥ぎ取った着物を受け取り、衣領樹に掛けて罪の重さを測るのは縣衣翁の役割でした。二人の鬼は夫婦といわれており、いつも一緒に三途の川のほとりで亡者がくるのを待ち受けています。

あまり詳しい伝承は残されていない

衣服を剥ぎ取る鬼であるとか実は閻魔大王の妻であるなど、何かと取り上げられて諸説出てくる奪衣婆に対し、取り上げられることが少ない存在です。言い伝えられる話の中には縣衣翁の全く登場しないものもあるほどです。

奪衣婆と同一視されることも多い

言い伝えによっては奪衣婆は亡者から衣服を剥ぎ取り、自ら衣領樹に掛けて罪を測ったという説もあります。このことからこの二人の鬼は同一の存在として扱われることも多かったようです。

奪衣婆は新宿にいる?大迫力の太宗寺・奪衣婆像

閻魔王や奪衣婆は地獄絵図の中だけでなく、実際に作られた像としても見ることができます。ここでは新宿の大宗寺に安置されている高さ2mを超える迫力の両像について解説します。

内藤新宿太宗寺には閻魔様と奪衣婆の像がある

新宿御苑の隣に位置する太宗寺には、全高が5m50cmもある木製の閻魔大王像や、2m40cmの奪衣婆像が安置されています。閻魔像は江戸時代の文化11年に作られましたが、関東大震災で破損したため胴体の部分だけ昭和になってから修復されました。

年に2回だけご開帳される歴史文化財

これらの像は1年に2回1月と7月の「閻魔の斎日」といわれる日にだけ、ご開帳され見学することが可能です。閻魔の斎日とは地獄の休日のようなもので、閻魔様も鬼も亡者もみんな休みになると言われています。

閻魔像を祀る寺は他にもありますが、この太宗寺の閻魔像は新宿区の指定有形民俗文化財にも指定される歴史的にも大変価値のある文化財です。

閻魔像が子供を食べたという恐ろしい話も?

この閻魔像には子供を食べた伝説から「つけひも閻魔」という別名があります。昔この寺の境内でなかなか泣き止まなかった子供に対し、乳母が「そんなに悪い子は閻魔様に食べられてしまうよ」と言っていたところ、ふと気がつくと背中の子供がいなくなっていました。

驚いて境内を探し回っていたところ、閻魔像の口から子供を背負っていた「おんぶひも」が垂れ下がっているのを見つけました。そうです、子供は閻魔像に食べられてしまったのです。

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