妖怪・枕返しとは?
河童や猫またと違って、聞いたことがないという人も多いのではないでしょうか。
そいつはどんな妖怪?どんな言い伝えがあるの?気になることはたくさんありますが、まずは基本から学んでいきましょう。
枕返しの悪戯
彼らが何をするかといえば、人間が寝ているあいだに枕をひっくりかえします。本当に名前の通りのことをします。
「…だから何?全然怖くないんだけど?」と誰しも不思議に思うでしょうが、それこそが、枕に関する知識がない証明なのです。
枕返しの姿
見た目は小さな子供である、小坊主であるとも伝えられていますが、どれも曖昧で目立った外見的特徴の記録がありません。
人間が眠っている時に活動する妖怪なので、目撃談が少ないのは仕方のないことでしょう。江戸時代に作られた画集では、小ぶりの仁王のような姿をしています。
枕返し誕生に隠された秘話
「枕をひっくりかえされたから何だというんだろう?」と不思議に思うばかりですが、真実は枕に関する語源と、この国の古来より続いてきた慣習にありました。
かつての日本人にとって枕がどれほど重要であったかお教えしましょう。
枕の語源は「魂倉(たまくら)」
語源は魂(タマ)の蔵(クラ)であるというのが有力な説です。眠りとは夢の世界、この世ならざる国へ訪れる儀式でもありました。
その時、魂を蔵の中にきちんとしまっておかないと二度と目覚めなくなってしまう。つまり枕はとても重要かつ神聖な道具なのです。
枕の風習は死に関連していた
日本では死んでなお、枕にはまだ魂が残っているとされてきました。
そのため弔いの儀式と枕は切り離せないものであり、北枕(死者の頭を北側にして寝かせる)、枕飯(故人に供える白米)、枕経(納棺前に行う読経)など、枕にまつわる言葉がたくさん残っています。
妖怪・枕返しが危険といわれる理由
この妖怪はそんな大切なものを放り出してしまうのです。魂が肉体から離される、それはつまり死を意味しています。
意味不明な行動なんてとんでもない、実に凶悪でおそろしい妖怪なのです。
各地に伝わる枕返しの伝承
この妖怪を題材にしたお話は全国に分布しています。次からはそのうち著名なものをピックアップしていきましょう。
同じ枕というモチーフでも、地方特有の個性があったり、他の妖怪と混じっている点に注目です。
枕返し伝承・座敷わらし編
東北地方では、枕を返すのは座敷わらしによるいたずらということになっています。
寝ている人に触ったり、周囲を走り回ったりと、やることは子供らしくてかわいらしい、他愛もないちょっかいばかりです。
枕返し伝承・謎の火事編
岩手県のとある村は、かつて火事で亡骸が焼けた部屋があり、そこで眠ると枕が放られてしまうといいます。
これは妖怪であるという説と、狐狸や猿に化かされたのだという説があります。家の中まで入ってきて悪さをする動物もいるものです。
枕返し伝承・火車編
群馬県は少々複雑なパターンです。火車という妖怪がいて、それは化け猫が変化したもので、それこそが火車であるのだと言うのです。
眠っている人そのものの向きを変えることもあるということです。
寺院で見られる枕返しの伝承
また、全国各地の寺院にも多くの伝承が残されています。具体的なお寺の名前が挙がると、なんだか真実味も増しますね。
かつて電気の無かった時代、行燈の下でこんな話を聞いた人たちはさぞ震え上がったことでしょう。
枕返し伝承・大雄寺編
大雄寺という寺院には奇妙な幽霊画があります。この掛け軸のもとで寝ると、朝起きた時に枕がひっくり返っている、という言い伝えがあるのです。
とある画家が母を描いたものの、彼女が死ぬと怪現象が起きるようになったため、和尚に預けたということです。
枕返し伝承・大中寺編
一方大中寺という寺院では、足裏を本尊側にして眠ると、なぜかぐるりと逆向きになって起きるといいます。
大切なご本尊に足を向けるなどとんでもない、ということでしょうか。なんだか教訓的なお話です。
枕返し伝承・白山神社編
白山神社の伝承は一味違っていて、枕を返されるのは夢の中でのお話で、願いが叶う兆しなのだと言い伝えられています。
いわゆる吉兆と呼ばれるもので、妖怪ではなくありがたい観音様のおかげですね。
枕返しが人の命を奪った伝承
別の項目で述べたように、枕返しはとても危うい妖怪。
次からご紹介するのは、彼らによって命を絶たれてしまった人が出たというおそろしい逸話です。もののけたちの所業に人間は成す術もありません。
枕返し伝承・妖女編
美しい女性の姿をした枕返しもいます。美女とはいえあやかし、微笑みかけるだけで人の命を奪ったという、とびきりの凶悪な逸話が残っています。
見た目に惑わされて近づくと大変なことになってしまいますね。
枕返し伝承・精霊編
木霊(こだま)が枕返しになるお話です。木こりがひのきの大木を切った夜、木霊が現れて枕を返したので、木こりたちは死んでしまったといいます。
神聖たる森の精霊たちを怒らせると大変な目に合いますね。
枕返しは妖怪だけじゃない?
時に別種の妖怪だったり、仏や神霊だったりと、枕返しの正体は実に多様性に富んでいます。
時には人間が姿を変え、怪異と成ることもあるのです。人間のやることだって怪異と同じくらい業が深くておそろしいですね。