トーヨーボール事件|無関係の人間が関東連合に殺された事件の真相とその結末

緊急記者会見まで!

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三田佳子は自身の車が事件に使用されたことに関して「誰かに盗まれた」と釈明します。泣きながら信じてくださいと訴える姿がテレビで報道されます。結局は次男が関東連合の知人に貸し出していたことが発覚。事件への直接的な関与はなかったものの被害者家族から民事訴訟を起こされています。

関東連合とはどんな組織なのか?

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関東連合は世田谷区や同杉並区の暴走族が連合を組み1970年代に結成されたアウトローの組織です。1980年~1990年にかけてはほとんど活動が休止し、名前だけは有名な半ば伝説の連合体でした。1990年代になると再度集結した暴走族チームが関東連合を復活。当時勢力を伸ばしていたチーマーと激しい抗争を繰り返しました。

2000年代には渋谷の非行グループの頂点へ

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渋谷にあった多数の暴走族、チーマーを従えた頂点のグループへと成長。各チームやイベントサークルの「けつもち」として後ろ盾になることで金銭的な収入源を確保します。またそれらのイベントと大企業を結び付け事業化へと発展。単なる不良少年の集まりから、ヤクザに匹敵する暴力性を備えた「半グレ」集団へと成長していきます。

暴力団とは一線を画す

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関東連合と暴力団は違います。暴走族が暴力団構成員になることや暴力団の後ろ盾を得て暴走行為をしていたのに対し、関東連合は暴力団とは距離を置き、時には全面的に対立をしました。六本木では「暴力団と正面から対立した唯一の組織」だといわれています。

組織犯罪対策部の専従班設置

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2010年のいわゆる海老蔵襲撃事件を契機にして警察組織の組織犯罪対策部に対関東連合専従班が設置されました。組織犯罪対策部は旧称を捜査4課、暴力団対策課です。暴力団のような組織的な犯罪集団や銃器の密売、外国人犯罪を取り締まる専門組織。これによって関東連合は事実上息の根を止められ解散となります。

トーヨーボール事件被害者家族の悲しみ

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抗争を引き起こしていた不良少年のグループには何の関係もなかった被害者の少年。将来の展望に胸を膨らます18歳の少年がある日突然、目も当てられないほどむごい姿に変わって家族に元に帰ってくる。家族の苦渋は察するに余りがあります。

損害賠償請求

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被害者の家族は損害賠償として、少年一人当たり500万円という損害賠償請求をします。多くの少年たちが「出所後働いて返します」「とりあえず用意できる金額が…」という形でうやむやにします。なんともやるせません。

うやむやな対応をとる加害者たち

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うやむやな態度で損害賠償金の支払いさえ渋る少年たち。その中で犯行の中心的な役割を果たしたとされる、伊藤リオンだけは賠償金を直ぐに支払っています。そして被害者家族に深く詫びを入れています。

伊藤リオンだけは根っからの悪ではない

詫びを入れれば過去が清算されるわけでもなく、まして亡くなった少年が返ってくるわけではありません。もう取り返しのつかないことになっているのです。しかし被害者の父親は「伊藤リオンは筋の通ったワル」と彼の態度に一定の理解を示しました。

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