白鳥由栄4度の脱獄歴!「昭和の脱獄王と呼ばれた男の驚きの能力と方法とは?

針金で合い鍵を作って脱獄

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1936年6月に青森刑務に入所します。白鳥は作業中に偶然にも落ちていた針金を拾います。針金は、自分の汚物入れにごはん粒で貼り付けて隠しました。白鳥由栄の特徴に用意周到に準備をするとあります。

この時も、房の鍵穴に手が届くことを確認すると、風呂上りに鍵穴に手を押し付けて型を取り、入浴時間に風呂場のコンクリートで針金を削って合鍵を作ってしまいました。看守が目を離した隙に鍵穴に差し込み、開くことを事前に確認しておいたのです。

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6月18日午前0時に脱獄、刑務所は隠蔽工作をして、午前5時半に脱獄したと報告されました。2日後に近くの共同墓地で逮捕されました。1200人の警察官のほか、消防団、青年団、在郷軍人など10,000人近い人間が捜査に出ています。

白鳥由栄4度の脱獄劇②秋田刑務所

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白鳥は無期懲役の判決を不服として控訴しましたが、11月に宮城控訴院で無期懲役が確定しました。共犯の男は懲役10年の判決でした。白鳥は宮城刑務所から小菅刑務所に移され、1941年10月秋田刑務所に移ります。

収監された経緯

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秋田刑務所では鎮静房が用意されていました。完全な独房で厚い銅板が張り巡らされ窓も鍵穴もない暗い場所です。小菅刑務所の扱いとは雲泥の差です。戦時下のため、戦時罪因移送令により由栄も移送の対象になったのです。

薄暗い独居房に手錠をした状態で放り込まれました。手錠は食事と手洗いの時だけ外されます。白鳥は改善を要求しますが、認められなかったため、再び脱獄を決意しました。冬になると、手錠は外されました。房を隅々まで見回し、鉄格子の一部の壁に腐っている箇所を見つけました。

ブリキ板を加工した鋸で脱獄

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天井に登る練習を夜な夜な繰り返しました。練習をしている時にブリキ片と錆び釘を見つけ、板を加工してノコギリを作り出します。看守の交代時間の10分だけが作業時間でしたが、とうとう格子の回りを切り取ることに成功します。1942年6月暴風雨の日に雨に紛れて脱獄成功です。

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白鳥は1942年9月中頃に小菅刑務所でお世話になった小菅刑務所の小林戒護主任の元を訪ねます。この人物は唯いつ、一般の受刑者として扱ってくれた人でした。小林に付き添われ由栄は自首しました。小林に会い自首するためだけの脱獄だったのです。

白鳥由栄4度の脱獄劇③網走刑務所

白鳥は小林に秋田でのひどいい扱いを話しました。その後は網走に移されました。小林は由栄をとにかく義理難い男だと話しました。秋田刑務所から鎮静房は無くなりました。白鳥の訴えが届いたのでしょう。

収監された経緯

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年に網走刑務所に移され、凶悪犯用の独房に入れられ酷い扱いを受けて何回か手錠を引きちぎりました。とうとう鉄球がついた手枷と足枷をつけられてしまいます。あたっているところの皮膚が破れ、骨が浮き、蛆が湧きます。

糞尿は垂れ流し、仰向けになって寝ることもできない。風呂は入れない。白鳥はまたしても脱獄を決意します。時間をかけて、鉄格子をゆすり、緩ませ引き抜けるまでにします。手錠は外せないようにボルトで止めて、頭をハンマーで潰してあります。それでも、手枷足枷を緩めておきました。

味噌汁で鉄格子を錆びさせて脱獄

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鉄格子に少しずつ根気よく味噌汁を垂らして錆びさせました。視察孔に頭を入れて、肩を脱臼させて、抜け出すことに成功します。天井までよじ登ると採光窓から外に出て、工場の支柱伝いに移動して網走刑務所からの脱獄に成功しました。

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