知り合いに当時官僚だった男がいます。人生成功するのは、塀を歩き、向こうに落ちなければいいのだと。言っていたのがいつまでも引っかかっています。要領がいいものが得をするのなら、正直に言いたいことを言う白鳥のような者には世の中は生きにくいところです。
一度会いにいくも…
青森に会いに行ったそうですが、洗濯を干している娘の姿を遠くから眺めるだけで声をかけることができなかったようです。噂によると青森には白鳥の孫がいるそうですが、詳しい情報はありません。
親族の行方は不明
親族は姉と長女の2人ですが、どちらもすでに絶縁しています。白鳥が亡くなったときには遺体の引き取り手がなく、日雇い時代に隣に住んでいた少女がすでに大人になっていて、当時親切にされたからと、遺体を引き取り埋葬しました。
Contents
白鳥由栄の美学
白鳥は脱獄を思いつくと時間をかけて用意周到に準備しました。その準備のうちに、看守への配慮もありました。自分によくしてくれた看守への恩を忘れずに、その看守が休みの日に脱獄するのです。そのとき、若い看守は1年間の減俸だけで済みました。
白鳥は刑務所の中でも素行が悪く、人としての扱いをされる以前に信じてさえもらえなかったのです。白鳥にとって人として普通に扱ってくれた、この若い刑務官は生涯胸にとどまっていました。話しかけてくれたのが嬉しかったのだと言います。
脱獄の際に人を傷つけない
誰かを殴ったり傷つけたりすることはなく、常に単独で実行に移していました。4度の犯行ともに単独なのは偶然ではなく彼の美学だとされています。その美学がのちに世間に知れることになり。ドラマとなり、映画になりました。
恩は忘れない
白鳥は自分を人として扱ってくれた者へ恩義を感じるのです。小菅刑務所の小林警護主任の存在は、われわれ庶民の心にも温かい火を灯します。むゆ彼との再会は、白鳥も本当に救われた思いだったのでしょう。白鳥は、その後模範囚として刑期を待たずに出所しました。
脱獄は看守にとって恐怖
白鳥は看守にとってはやっかいな存在でした。看守は2人一組の監視体制ですが白鳥は24時間体制で、二組の監視をつけています。白鳥はいろいろ待遇の改善や要求をしてきます。要求が叶わないと「脱獄してやろうか」と野太い声で脅すのです。
戦時中は看守も生きるだけで精一杯の時代でした。監獄では囚人たちに三度の飯が支給され、出される量も決められています。戦時下においては、看守の方が食べるのに困窮していて、なかにはガリガリに痩せている者もいました。どちらが囚人かわからないような状況でした。
脱獄時当直だった者が罰せられる
減俸、配置転換、降格など、過失の度合いによって違います。その施設の長ならば、責任は重大です。また房の連帯責任も課せられます。当直の者は厳しい処分が待っています。白鳥のような脱獄常習犯に厳しくなるのはこんな理由があるのです。
白鳥をみて脱獄を試みる者が多発
誰かが脱獄すると、隙があると思われ脱獄を試みる者が出てきます。脱獄は付近の住民ばかりでなく、捕まるまでは皆を危険にさらすことにもなりますから、絶対にあってはならないことなのです。脱獄は未だに毎年起こっています。
まして、英雄扱いも本人のためにならないことは明白です。第二次世界大戦の敗戦で民主化の風潮が強くなり、囚人でも、人としての尊厳が認められてきました。ただ見えない場所だけに、未だに警察や刑務官に横暴な振る舞いをする者は潜んでいます。白鳥は訴え続けたのです。
個性際立つ日本の脱獄犯
日本は世界的にも脱獄が少ない国ですが、それでも脱獄は後を絶ちません。白鳥の他にも世間を騒がせた脱獄事件があります。脱獄に課せられる罪は、単純逃走罪で、懲役1年未満、手錠や鍵などを破壊したり、脅迫や暴力があれば、加重逃走罪が適用され、懲役3ヶ月以上5年未満になります。
西川寅吉
1854年〜1941年、5寸釘の寅吉で知られています。もっとも脱走回数が多い男です。寅吉は14歳の時、賭場でイカサマをして殺された叔父の仇を討ち、親分と子分の4人を殺してしまいました。無期懲役になりましたが、まだ1人残っていると脱獄、賭場を探し回っているうちにイカサマを身につけました。
賭場の手入れで捕まり秋田の集治監に収監されます。ここも脱走、静岡の賭場で荒稼ぎをし、袋叩きにあうが相手数人に怪我をさせて逃走、非常線が張られました。逃げる途中で5寸クギを踏み抜いたまま12㎞を走り力つき捕まりました。当時既に全国に知られていました。
以後も壁に濡れ雑巾を張り付けて壁を越えたり合計6回の脱走をして、晩年はおとなしく服役して刑期を終えました。72歳になって出所する時に興行師が接近してきたため出所日をずらして対策を取りましたが、結局利用され「5寸クギの寅吉劇団」して全国をまわりました。最後は故郷の息子をたより静かな老後を送りました。
渡邊魁
脱獄犯でありながら裁判に勤めてていた人物です。1880年三井物産長崎支店の検印を盗み、銀行の金を横領しました。書類の改竄もしていたため終身刑になりました。長崎監獄に収監されました。規律を何度も犯したため三池集治監に移送されます。
レンガや石垣に囲まれた厳重な作りでしたが、21日間で脱走しました。大分で潜伏した後辻村庫太という偽名で大分始審裁判所で雇用され竹田治安裁判所で採用になりました。渡邊魁は裁判所判事まで登り詰めます。渡邊魁と辻村判事が似ていると噂がたち、検事と警察が調べた結果同一人物と断定します。
辻村こと渡邊が出張中同居していた父親と弟を逮捕します。魁もその後旅館で逮捕されました。父親が長崎裁判所の職員であったため手引きをしたのです。懲役6年の判決を受けましたが、無罪の判決を受けています。法の裏をかき、後に法改正をしました。
市川一家4人殺人事件の全貌はこちらからご覧ください。
日本には塀のない刑務所がある
塀のない刑務所は全国に4箇所あります。正しくは解放的処遇施設とたいいます。1番新しくできた松山の施設でもすでに50年経っています。それ以来つくられていないのです。1955年の国連決議が契機となり被拘禁者処待遇最低基準規則が規定されました。
網走刑務所二見ヶ丘農場
20人が和牛の酪農作業をしています。1896年開設されました。740人の受刑者のうち、選ばれた20人のみが入れる施設で、半年から1年程度で仮出所して行きます。網走刑務所和牛はブランド和牛として、市場に出ています。農場の周囲に塀はありません。
尾道刑務支所有井作業所
昭和43年に有井作業所開設。刑期が10年に満たない者で、犯罪傾向が進んでいない者と進んでいる者、60歳以上の高齢者者の男性が主な収容者です。作業はサンダルや、すのこ、屏風張りなどを行なっています。
木工、洋裁、金属加工など様々です。開設50年を過ぎましたが、この施設では脱走は起きていません。開放型施設で、部屋には窓があり、鉄格子はありません。この施設はほとんどメディアにさらされることがないため、全貌は知らされていませんが、学校のような造りです。
松山刑務所大井造船作業所
大井造船所に行くのには審査があります。体力作りの訓練も受けます。大井造船作業は寮で生活です。鍵のない出入り自由な暮らしです。大西工場で一般の作業員と一緒に作業します。再犯率が少ないことで知られていますが、軍隊以上の厳しさです。
2018年までに、脱走事件が17件20人おきています。2018年4月の27歳の脱走は全国的に報道されました。刑期が終わるまで、あと半年を残すのみでした。メモに刑務官によるいじめが原因とありました。厳しいことで有名な施設ですが、厚生させるための指導です。行き過ぎはないですよね。
市原刑務所
交通刑務所です。交通刑務所は加古川刑務所と市川刑務所の2カ所しかありません。市原刑務所は交通違反者のみを受け入れているのに対して、加古川刑務所は犯罪性がある者や刑期が短い受刑者が入ります。
白鳥をモチーフにした作品
白鳥由栄をモデルにした小説や映画が多く作られました。彼の脱獄の美学と、運の悪さが人々を惹きつけたのです。運が悪いというのは、生い立ちであっり、特に厳しく当たる看守が担当についたり、白鳥だから生き延びたのです。
吉村昭氏の小説
36回読売文学賞授賞。1983年11月24日初版発行。1985、2017年にテレビドラマ化されています。原作が重厚な作品なので、ドラマも重いかと思いきや、人間を描いたドラマでした。小説は時代の中で人間があがく様子を落ちついた目で観察しています。読み応えがあります。
あらすじ
小説破獄は、白鳥の人生そのもの、4度に渡る脱獄の背景と、脱獄の方法を細部まで書き込んでいますから、たちまち引き込まれてゆきます。おそらく、白鳥が書いた私小説ではないかと、思えるほどです。人物に奥行きがあります。
だからドラマ化された時のキャスティングが的確でした。白鳥のような男が凶悪とレッテルを貼られ、酷い仕打を受ける世の中に救いなどないと、読みすすむうちに息がつまりそうになりますが、ちゃんと逃げ道は作られていますから、引き込まれるままに読みすすめても大丈夫です。
かつて、人間の条件という映画をみてしばらく立ち直れなくなった苦い経験がありますから、人間を書いた小説は注意して読みます。白鳥の人物の大きさと、執着が面白い面を出しますから、逃げ道がある小説です。
2度ドラマ化している
これだけ人物も背景も揃っていれば、多くの人に観てもらいたいと思うのが普通です。でもよくドラマにしてくれたと感謝します。どちらのドラマも映画以上の見応えです、一瞬たりとも目が離せません。
緒形拳主演のNHK版
主演に緒方拳、看守に津川雅彦なら、白鳥役の佐久間と看守の人としての葛藤に迫るドラマになるのは当然です。映画を思わせるセットの作り込みです。ただドラマである限り、著しい悲惨な監獄の様子は手加減して作られています。佐久間と看守の美化された心の世界を実際の事件を使って作ったドラマと言っておきます。見応えがあります。
ビートたけし主演のテレビ東京版
原作から大幅に外している作品です。主演のビートたけしは看守の役ですが、原作の中ではほんの少しのページに登場した人物です。二回目の脱獄が成功したところからドラマははじまります。小菅刑務所の看守は原作ではほとんど登場しない人物ですが、白鳥の心には深く刻まれた人物です。
彼の人を巻き込むことも傷つけることもない一貫した脱走の美学はこの看守なくしては成立していないのです。小説でも通りすぎた人物にスポットを当てて、その役がビートたけしさんでは、素晴らしいドラマだと、観ないうちから期待が高まります。原作からは外れて居ますが、脱獄の手口と背景はリアルに書き込まれています。
もしかしたら創作だと思って観ているかもしれません。主人公佐久間は白鳥ですが、最後の方で、府中刑務所の所長が働きかけ、出所が早まる結果になりました。それに恩義を感じ、毎年正月に年始参りに行きます。ドラマでこれだけの鬼気迫る作品になったのは白鳥の生涯がドラマを超えていたのだと感じました。
白鳥由栄をモチーフにしたキャラクター
野田サトル氏の漫画ゴールデンカムイは金塊を巡るサバイバルバトル漫画で、舞台は北海道樺太です。昭和の脱獄王白鳥由栄をモデルにした登場人物白石竹由は モデルにしたのは白鳥の脱獄常習犯だというところと、名前くらいです。
野田サトル氏の漫画「ゴールデンカムイ」
週間ヤングジャンプに2014年38号からスタートしています。2019年3月で累計発行部数はは900万部を越しています。全17巻(2019年3月)。破獄を元にしているのではなく、白鳥の身体的特徴と名前をモデルにしているのです。
人気キャラクター天才脱獄犯「白石由竹」
白鳥は作品では白石由竹として登場させています。ギャグ的なキャラクターとしての位置で、脱獄王としてわかりやすい扱いです。名前と脱獄と関節が外せる以外の共通点はありません。ゴールデンカムイは料理が主力テーマです。
「一世を風靡した男」の魅力
それぞれ違う方法で、警戒の厳しい刑務所から4回の脱獄を成功させた昭和の脱獄王白鳥由栄が、なぜ後世にまで語り継がれるのでしょう。彼は2件の殺人を犯しています。脱獄の理由は不当な扱いに対する抗議であったともとれるのです。
白鳥が脱獄するたびに、不当な扱いを訴えたために、刑務所の待遇は改善されてきました。リアルプリズンブレイク白鳥由栄の魂の美しさに人は感動し、驚きの手口を生み出す頭脳と身体能力に魅力を感じるのです。
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