【青木悠君】身体障害を理由としたリンチ事件の被害者。犯人、家族の現在など

既に意識は無く、いつ亡くなってしまうか分からない状態でも少年は頑張っていました。救急搬送されてから亡くなるまでの5日間、必死に心臓を動かし続ける少年の傍らで母親と事件関係者たちの間でどのようなやり取りがあったのでしょう。

青木悠君の事件後①4月1日、犯人逮捕、ICUで面会

「Aの他にBも居て夕方4時過ぎからは他に顔見知りの3人も居た」ことを少年の友人からの電話で知りました。CT写真を見ると医学に素人の母親が見ても、もうダメだと思うほど酷い状態でしたが、「奇跡は起きないか」と医師に尋ねると「もし1%の奇跡が起きても高度な植物人間だ。味も臭いも何もわからない」と言われてしまいます。

青木悠君の事件後②4月2日、カラオケは嘘だと知る

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おそらくリンチの現場に居たと思われる少年Cから被害者少年に会いたいと希望があり、ICUで面会しています。ICUのベッドに管だらけの姿で横たわる少年を前に、カラオケは誘き出すための嘘だったことをCは告白しました。

青木悠君の事件後③4月3日、少年2人が謝りに

加害者側5人のうちA・B・C以外の2人と思われますが、それぞれの母親と共に謝罪のため被害少年の自宅を訪ねています。HPの日記を読む限りでは、謝りにと書いてはありますが謝罪だったのか言い訳だったのか分りません。

我が子に助かる見込みが無いことが解って居た母親は「もっと早く誰かに助けてと言っていれば息子は助かったのに」と冷静に語ったそうです。

青木悠君の事件後④4月4日、待合室で具体的な犯行内容を知る

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すでに逮捕されている少年Aを覗いて事件に関わったと思われる少年らがICUの待合室に集まり、被害少年がどれほど酷い事をされたのか母親は初めて聞かされました。既に意識朦朧として流涙、口からは泡を吹き失禁している状態の少年を逮捕されたAは笑いながら高々と持ち上げ、頭を真っ逆さまにしてコンクリートに打ち付けたと言うのです。

初めて聞かされた母親にしてみれば立っていられないほどショッキングな内容だったと思います。しかし、後に「死ぬとは思わなかった」と証言している通り、加害少年Aにとっては悪ふざけの域を出ないと思っていた節があります。ゲームのキャラクターのように、どれだけ痛めつけても死んだりしないと思っていたのかも知れません。

青木悠君の事件後⑤4月5日、HCUに移される

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ICUからHCUへの移動は普通なら回復の証ですから喜ぶべき事です。しかし彼の場合は違いました。ICUは個室ではありませし重傷者ばかりで面会には制限があります。少年の最後の時間を、少しでも長く家族が共有できるように、一緒に居られるようにとの病院側の配慮でした。

個室になり他の患者へ遠慮する必要が無くなり、母親は叫びました。「悔しかったでしょう」と何度も。そして助けられなかった事が申し訳ないと。少年の目から一筋、涙がこぼれたそうです。動けなくても話せなくても、解っていたのですね。

4月6日、青木悠君は天国へ

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頑張り続けた少年でしたが力尽き最期の時を迎えました。

AM4時25分に心臓が止まる

「お母さんを置いて行かないで」と母は泣き叫びましたが、無常にも間もなく警察が来ました。少年の死は暴行の結果もたらされたからです。そのような場合、解剖される決まりです。悲しむ暇なく遺体は解剖へと運ばれ、母親も事情聴取されています。死後、少年の名前が新聞で公表されました。

青木悠君の死から考える加害少年の扱われかた

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加害者が少年である場合、成人とは扱いが大きく違います。少年法は「愛の法律」と呼ばれているそうです。未成年には罰よりも更生の機会を与え、更生のための教育に重きを置かれているからです。

旧少年法は1922年に制定され、2001年4月1日まで小さな改変はあっても大きく変わること無く続いてきました。被害者の方は死亡するなど結果が出ると、翌日か早ければその日のうちにも新聞やテレビで名前や住所まで公開されます。では加害者はどうなのでしょうか。

後日の新聞に「顔見知りの喧嘩で頭を打って死亡」と掲載

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後日、事件についての警察発表は「顔見知りの喧嘩の末に頭を打って死亡」というものでした。当時の法の元では少年事件は非常にデリケートでしたから、各報道も掘り下げた取材なども出来なかったのかも知れません。

それにしても、この事件で喧嘩というのは酷すます。喧嘩というのは、お互いに互角にやり合うのが喧嘩です。この事件の場合、加害者の1人は空手の有段者です。そして被害者は左半身不随の身体障害者で、互角どころか身を守ることも出来なかったのです。これは喧嘩とは言えません。一方的な死に至る暴行を何故、喧嘩などと発表できたのでしょうか。

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