神奈川県鎌倉市に位置する蛭子(ひるこ)神社。かつて本覚寺(鎌倉市にある日蓮宗の寺)の山門にあった、夷三郎社(夷堂)が起源となっています。この夷堂は、源頼朝が鎌倉幕府を開く際、鬼門を鎮守する目的から建てたもので、文永11(1274)年頃には、かの日蓮がこの夷堂に滞在し、布教の拠点としました。
その後、明治に起こった神仏分離によって夷堂の場所が移され、さらに元来この地にあった七面大明神と、宝戒寺にあった山王大権現を合祀して、現在の形となりました。なお本覚寺の夷堂は、その後再建されています。
神の最初の子が不具という伝説はヒルコ以外にもある!
神話や伝説とはとても不思議なもので、時代や場所が大きく隔たっていても、たいへんよく似たエピソードが語られていることがあります。そうした神話や、宗教上の言い伝えなどに焦点を当てた、「比較神話学」「比較宗教学」という学問分野さえあるほどです。その例に洩れず、「不具の神」の伝説は、実は日本以外の地域にも伝わっているのです。
炎と鍛冶の神・ヘパイストスの神話
ヘパイストス(ヘーパイストス)は、ギリシャ神話に登場する、炎と鍛冶を司る神。ギリシャ神話における主要な神々「オリュンポス十二神」のなかの一柱でもあり、最高神ゼウスと、その姉であり正妻でもある女神ヘラとのあいだに生まれた最初の子どもでした。
しかしヘパイストスは、生まれつき足が湾曲しており、このことに怒った母ヘラによって、海に打ち捨てられてしまいます。ですが運良く、ヘパイストスは海の女神テティスとエウリュノメに拾われ、その後長じて、さまざまな魔法の道具を製作する、優れた職人となりました。そのことを認められ、オリュンポス十二神に名を連ねることとなったのです。
洪水型兄妹始祖神話
「洪水型兄妹始祖神話」とは、世界的規模で存在する神話の類型の一つです。太古、大洪水が起こり、ほとんどの人類が滅亡してしまった後、極めて少数の男女だけが生き残り、その男女が婚姻して子を為し、今の人類が繁栄した、とするものです。そしてその際、生き残った男女が、兄妹、あるいは母子とされる場合があるのです。
そしてこのとき、兄妹などが生んだ最初の子が、人間ではなく、蛇や蛙であった、とするパターンが多く見られます。こうした伝承は、日本の八丈島や、八重山諸島の鳩間島、さらに台湾のアミ族などに伝わっています。
ヒルコがモチーフとなった作品
『古事記』などに見られるヒルコの伝説は、学術的な研究の対象となるのみならず、後世の作家や芸術家たちにも、多くのインスピレーションを与えてきました。ここでは、そうしたヒルコをモチーフにした作品の例をご紹介いたしましょう。
映画「ヒルコ/妖怪ハンター」
『ヒルコ/妖怪ハンター』は、1991年公開のホラー映画。漫画家・諸星大二郎の人気シリーズ「妖怪ハンター」中の数話をベースとしたもので、主人公の考古学者・稗田礼二郎を沢田研二が演じています。この作品において、ヒルコは古代の古墳に封印された妖怪であり、登場人物に取り憑いて怪物化させてしまうモンスターとして描かれています。
原作を大胆に翻案したこの映画は、当時大きな話題を集め、高度な特撮技術や、鬼気迫るスリリングな展開も高く評価されました。その他、ヒルコに関連があるとされる妖怪にご興味のある方は、以下の記事をご参照ください。
ヒルコ研究の諸相①:言葉を巡って
では次に、謎多きヒルコに関して、今日に至るまでどのような研究がなされてきたか、そのいくつかの例をご紹介しましょう。まずは、「ヒルコ」という名前そのものを巡って繰り広げられた研究についてです。前節では、「ヒルコ」を漢字で表した場合の解釈について取り上げましたが、さらに別の視点も存在しています。